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『ウマ娘』は"表現の自由"と衝突するのか。

 前回は”基本的馬権”の成り立たなさを解説しましたが、今回は『ウマ娘』と"表現の自由"について話したいと思います。

というのも、アプリゲーム『ウマ娘』の制作会社より、ファンに向けて「馬のイメージを損なわないように」という二次創作上のガイドラインが発信されているのですが、この部分に対しての「なぜ普段『表現の自由を守れ』という人達はこの『表現の弾圧』に抵抗しないのか」といった内容のコメントをいくつも目にしたからです。

 これは一言でいえば表現の自由に対する誤解好例です。
 人権も提唱された当時は様々な誤解を受けたものです。現代の日本で誤解を再現させる必要はないと思うのですが、誤解をするのもまた人間らしさですね。

 今回は、厳密には表現の自由と権利に関する配慮についての解説になります。
 その結論を先に述べるなら「権利を理解し他者を尊重しながら行う表現活動とは、高度な人間性を保つための振る舞いである」ということです。


そもそも表現の自由とは


 基本的人権のひとつでありその中でも重要とされているものです。そして人権を分かっていないと誤解しやすい権利かもしれません。

 これは人が思ったことやアイデアを表現物という形にし発表したり世間に向けて思いを述べたりする自由のことです。基本的人権であるためそもそも人に備わるものとされています。
 国や王あるいは宗教が人々を支配した時代に、思いついたことや意見が弾圧されたことに対する反省から生まれたものです。

 心の中で思い描く自由は思想(精神)の自由といいます。
 人はみな理性と意志を持つ平等の存在であるという発想に基づき、それまでの王権(王権神授説という支配する権利を宗教が裏付けるとする考え方)を批判し、人権を基礎にした平等を基点とする「皆で国を運営する思想」が生み出されました。
 それが国を運営する主体を国民と定める民主主義です。
 今の日本はこの人権と民主主義のふたつをセットで取り入れた国ということになります。

 国という私達のひとつの枠組みの中に通用するルール(法律)において、人権、つまり人々の自由な力を阻害してはならないという決まりになっています。
 皆平等である以上、色々な気づきや意見を発信するのを誰も妨害してはいけないということですね。


ウマ娘とどう関係が……?


 そう思ったあなたは鋭いです。そもそも作品である『ウマ娘』は誰の表現の自由も邪魔していません。
 ここで話を終えても良いのですがもう少し掘り下げてみましょう。

 重要なのは著作権二次創作のふたつです。

 著作権とは、表現されたその作品に対しその表現者(創作者)が持つ作品に関する権利のことです。
 権利なので、表現者の意志で自由にその作品のストーリーを展開させたりキャラクターをモチーフにしたグッズを作ったりすることが可能です。


 お互いの権利を大事にするのが人権を基礎にする社会の特徴でもあります。
 ほぼ全ての創作物はこの著作権がついてまわります。作品は資産でもあります。持ち家とか車とかと同じように価値を社会で認めるわけですね。

 『ウマ娘』の場合は、登場するキャラは実在する競走馬がモチーフとなっています。
 馬は資産であり多くの人に愛される存在であるため、この作品に対して「製作者は権利関係に相当苦労しただろう」とよくいわれています。

 もっともな話です。
 権利を尊重しあう社会であるからこそ、明確に他者の作品や資産と分かるものを自分の作品に安易に取り入れてはいけません。

 よってこの作品は、製作者側の競馬と馬に対する敬意があるからこそ実在の競走馬をウマ娘達のモデルにする許可が競走馬の馬主(競走馬の所有者・権利者)の方々より得られ作品にできたということが読み取れてくるわけです。
 また同時に、全ての競走馬をモデルにするのも難しいことも「権利」の意味を整理していくと簡単に理解することができます。

 なぜなら、特定の作品制作に競走馬の権利者全員が同意するのは考えにくいからです。大きい会社やお金が絡むことでもあり「競走馬のイメージを守りたい」と思う方がいる可能性も十分に考えられます。それはおかしなことでもなんでもありません。

 むしろ、多くの人の理解の上で成り立った作品が発表にまで行き着いたことの尊さが伺い知れるというものです。


二次創作がどう関係するの……?


 二次創作とはオリジナルの作品をモチーフに新たに作られた作品のことです。
 ゲームや漫画などの作品はキャラクターのデザイン性が高いため、多くの人の創作意欲をかき立てるものとなり、絵の練習の模倣や新たな物語の登場人物に当てはめられます。
 いわゆる子供達の落書きもこれに当たります。

 「二次創作」はいわゆる大人向けの作品を指すものとして用いられることも多いです。
 大人向けは過酷な運命を描くことや社会への皮肉なども含まれるものです。

 ネットで議論されてきた「ウマ娘の二次創作」というテーマは、どちらかといえば性的なものが主に語られたフシがあります。
 ただ、厳密には「それが問題である」と明言されているわけではありません。

 もし許諾した競走馬関係者が権利問題を提起することになれば、作中で活躍するウマ娘を退場させなければならなくなります。その想定が転じて「不安を煽る指摘のエスカレーション」になっている面も否めないのではと個人的には思います。

 競走馬をゲームに登場させることだけなら著作権侵害にはならないという判例もあるようです。しかし前述の通り、『ウマ娘』の制作陣は競走馬の権利者の方々の許諾を取っています。

 ここからは、単純化といえる「権利問題の心配」よりも、作品の製作者と競走馬の権利者との間で交わされている信頼関係に注目をすべき可能性がでてきます。


『ウマ娘』


 ここでウマ娘の二次創作のガイドラインとされる文章を引用してみましょう。

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 もはや感動的ですらあります。
 競走馬がウマ娘のモチーフとなることの理解が得られた方々への配慮を、作品のファンの方々に呼びかけているわけです。


 「ご注意いただきたいこと」というタイトルと文中の「ご配慮くださいますようお願いします」のふたつから、競走馬とそのファンへの敬意と同時に関係者の方々の理解があるからこその作品だと『ウマ娘』ファンに理解して欲しいという切実な願いを私は感じました。

 ネット上では「関係者の気を害したら大きな問題になる」または「作品自体が吹っ飛びかねない」といった不安を煽るような文言も見かけますが、どちらかといえば二次創作は許容しているように見えます。

 この文章は、権利を基本ルールに定める社会であるからこそ書かれた「ご注意」かつ「お願い」の呼びかけであり、競走馬関係者や競馬文化そして多くの人の期待を一身に受けて走る競走馬への敬意を呼びかける素晴らしい文章ではないでしょうか。


まとめ

 ゲームに対する評価は概ね高いようです。
 その感想も、ウマ娘とモチーフの競走馬の性格やエピソードを同時に愛でるようなコメントがとても多いように見受けられます。

 むしろその感動を絵や言葉などの作品に表した方が望ましいのではないでしょうか。


 反発や権利問題とは、お互いの不信や権利に踏み込んだ場合に発生するものです。
 時折投げかけられる「二次創作は大きな問題になりかねない」という声は、他分野の権利が絡むことから生じている不安だと思われます。
 しかし『ウマ娘』という作品は、その権利の概念と同時に敬意が並び立っていることが注目すべき点です。
 名馬は引退後も多くのファンがつめかけます。『ウマ娘』という形になって叶えられた、競走馬に対するファンの願いもあるかもしれません。

 少なくとも競馬文化と競走馬への多くの人の愛情が紡がれた作品であることは間違いありません。

 『ウマ娘』から競走馬への関心へ。
 そして、競走馬としての生涯への関心へ。
 その呼び水ともなり得る稀有な作品に今向き合っているのではないでしょうか。


 ゴルシ。





蛇足

 「表現の自由を守ろう」という呼びかけは、こうした権利概念や敬意を守ろうということです。


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