伊東俊太郎・廣井良典対談「シゼニズムの提唱」⑵

 「人間についての探究」と「社会に関する構想」の架橋を目指す京都大学心の未来研究センターの広井良典教授は、持続可能な福祉社会を「定常化社会」と呼び、「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想」を提唱している。

●廣井良典「人類史と定常化のサイクル」
 同教授が描いた「人類史における拡大・成長と定常化のサイクル」によれば、20万年前に誕生した人類は、狩猟採集で生活(ソサイエティ1,0)し、食料が潤沢な間は人口が増えるが、食料に対して人が増えすぎると増加は止まり定常化する。
 そこで農耕が始まり、再び人口は増加(ソサイエティ2,0)し、やがて農業にも限界がきて定常化する。次に工業がおこり産業革命を経て情報化・金融化へと続くソサイエティ3,0、4,0となり、再び人口が増える。その後に地球環境の限界が到来し、日本も少子化が進み定常化に向かう。
 人類史的に見ると、定常化の社会は衰退社会ではなく、一度目の定常化社会は「心のビッグバン」といわれる5万年前であるが、人類が壁画などの芸術を発明した時期であった。農耕による経済成長にも限界が来て、二度目に定常化した紀元前5世紀前後は「枢軸時代」と呼ばれ、ギリシャではソクラテス、プラトン、アリストテレスが活躍し、インドではブッダ、中国では孔子、孟子、老子、荘子が輩出した「精神革命」の時代であった。
 このように定常化の時代は、思想が芽生え、芸術が栄え、文化が花開く時代であり、三度目の定常期は経済成長から心の成長へと向かう豊かな成熟期といえる。世界に先駆けて人口減少が起きている日本は、人類史20万年における3回目の定常化への曲がり角を最初に曲がろうとしている国といえる。
 人口増加時代と定常時代は経済成長時代と心の成長時代といえ、経済成長から心の成長へというステップを2度繰り返した後の、3度目の心の豊かさを目指し、人間性を高める時代の先頭に日本は立っているといえる。

●「地球倫理」と日本神話の知
 2015年から始まったSDGsの次のゴールはウェルビーイングのゴールであり、経済成長重視の時代からウェルビーイングの時代への大きな転換点に立っているといえる。従来のモノによる経済的繁栄を目指す時代から、自国の利益を超えた「地球倫理」を重視した心の成長を目指す時代への転換が求められている。
 「精神革命」の時代に続く新たな思想である「地球倫理」とは、「地球上の各地域に存在する思想や宗教、自然観や世界観等の多様性に目を向け、それらが成立した背景や環境なども含めて尊重する思想である。
 さらには、自然の具体的な事象の中に、単なる物質的なものを超えた何かを見出す自然観、すなわち、自然は生きていて、内発的なパワーが内在していると捉える「アニミズム」とも呼ばれるわが国の原初的な自然信仰や「八百万の神々」の日本神話の知にも通ずる。
 心の成長を目指す社会は、感性や創造性に訴えかけ、他者とのつながりを大切にする社会であり、武道、茶道、華道、仏道といった日本の伝統文化、伝統芸能や伝統工芸などに寄り添ったものであり、それらを金銭的欲求を満たすためだけに展開するのではなく、地球環境への配慮を含めた社会性や公共性、人々の文化的な生活の質を高める方向へとシフトしていくことが求められている。

●「宇宙連関」と「横への超越」「共生きの絆」
 廣井良典教授が田中朋清石清水八幡宮権宮司らと取り組んでいる鎮守の森プロジェクトとは何か。鎮守の森というのはローカルな場所であるとともに一つの自然観ないし生命観で、そこでは自然がある種の内発的な力を持っている。機械論的でない世界観が背景にあり、物質的なものを超えた何か、あるいは内発的な力を自然が持つというわけである。
 風の神様、山の神様を始め、八百万の神様という観念である。そこには日本人が元々持っていた原初的な自然観がある。この鎮守の森を現代に生かし、自然エネルギーと結びつけるプロジェクトに取り組んでいるが、新しい思想は、この鎮守の森的なシゼニズム、自然が内発的な力を持っているという発想を土台に置いた上で、地球全体を俯瞰する「地球的な公共性」という視点の両方が必要になっている、と廣井は強調する。
 これが対談の結論と言えるが、伊東はさらに「宇宙連関(cosmic correlation)」という地球人類の統合原理の必要性を説く。「宇宙連関」とは、宇宙のビッグバン、銀河系の形成、太陽系の出現、地球の形成、生命の創成など、宇宙形成の過程から始まって今日の人類社会ができるまでの、素粒子の結びつき、物質系の結びつきである。
 脳も個人で発達するのではなく、社会脳という脳相互の関係があり、大和言葉で言えば、「共生き」の構造になるという。素粒子、細胞、生物、人間が結びついていく。「宇宙連関」はこの全体を繋げているものであり、「共生きの絆」と捉えてもいい。
 宇宙連関があるから「共生きの絆」が根底にあり、それによって他者に直接向かう「横への超越(horizontal transcendence)」が可能になり、こういう方向性こそ「精神革命」以後の地球人類の新たな統合原理になる、と伊東は説く。
 西田幾多郎や田辺元が好む絶対無は「下への超越」「無」への超越であるが、禅宗も座禅を組んで無へとずっと下がっていく。そこから戻ってきて他者との関係、自然との関係が捉え直される。道元も同じである。これは「縦関係の超越」である。

●日本文明は「結びつける文明」「媒介文明」
 歴史学者のデイビッド・クリスチャンの著書『ビッグヒストリー~われわれはどこから来て、どこへ行くのか』(邦訳、明石書店)は文明史と自然史を結び付けた「文理融合」の新しい学問として、世界の注目を集めた。宇宙、地球、生命、人間を一貫して捉えるビッグヒストリーを文系、理系の学問を分けつつ融合しながら描いていった。
 これはエリッヒ・ヤンツの『自己組織化する宇宙』(邦訳、工作舎)とも相通じるものがあり、伊東自身も『変容の時代』(麗澤大学出版)において、自己組織化を軸に宇宙の歴史、地球の歴史、生命の歴史、人類の歴史についてまとめている。これは麗澤大学比較文明研究センターでの講義をまとめたものである。
 また、伊東は金子務編『科学と宗教一対立と融和のゆくえ』(中央公論新社)の所収論文「世界宗教と科学」において、宗教と科学は「宇宙連関」の中では根源的に対立しないことについて詳述している。
 対談の最後に、伊東は日本は、東と西、南と北、東洋と西洋、発展途上国とと先進国、アメリカとイラン、中東を「結びつける文明」であり、「媒介文明」という新しい概念を提示している。
 廣井は「日本はアメリカに寄り添い過ぎている」という問題点を指摘し、日本は自らの世界における立ち位置を根本から考えていくべきだと主張し、
伊東も日本は「政治的にアメリカに従属してしまって拘束されている面がある」と同調し、今後は「脱ア(メリカ)入ユ(-ラシア)」そしてアセアン、アフリカまで視野に入れた全地球的考察が必要であると対談を締めくくっている。ユーラシアにはアジア、ヨーロッパが含まれている。
 
 


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