見出し画像

【その5】わたしと在宅医療

わたしは薬局で働き始めて15年ほどになりますが、薬剤師として5年働いたときにケアマネジャーの資格をとったんです。
東京都の試験を受けましたが、当時介護福祉士の合格者数はたしか1,500人弱くらいだった気がします。
ちなみに薬剤師の合格者は14人でした。要は薬剤師でケアマネジャーの資格をとろうとする人がほとんどいないのです。

キッカケは、「デイサービスで虐待を受けているかもしれない」と患者さんの奥様から相談を受けたことでした。
新人の頃は普段触れ合わない高齢者の皆さんとおっかなびっくり会話をしていたのが、6年目にもなると毎月来局されるのが楽しみな方も増えてきて、やっと仕事が楽しくなってきて、こんな自分でも役に立ててるかな、と思えることも増えてきた時期で。

デイサービスというのは聞いたことがあっても、実際に何をしているのかよくわからず、違うデイに通えばいいのでは?とはいっても馴染みの場所をそう簡単には変えられないし。
今ならそれがわかるけど、当時は何も言えませんでした。
薬局内のことはわかるようになったけど、患者さんの生活や介護について何も知らないな、どうしたら詳しくなって相談に乗れるかな…と思っていたら薬剤師として5年働けばケアマネジャーの資格を取るための試験を受けられることがわかって、勉強なんて好きでもないのにがんばって勉強しました。

人の役に立つ勉強って楽しいんだな、とわかり始めたのがこのケアマネの試験です。
試験に受かってもそこからけっこうハードな研修があって、でも研修の中で出会った介護職の皆さんはみんな熱意があってとても楽しかった。
「アウトリーチ」という言葉を知ったのもこの研修ですが、今でも自分のポリシーとして大切にしています。

ケアマネをとった後転職して、たまたま介護の話題自体が少ない大病院の前の薬局に配属になったのですが、働いていてなにか自分らしくないな、と思うことがだんだん増えてきて。
専門性の高い治療や薬を扱うのも勉強になったけれど、もっと生活に根差して、「ちょっと薬に詳しいお兄さん」くらいの気安さでいるほうが向いているんじゃないかと思い、地元の薬局に転職しました。

浦安市内の薬局を2つ経由して家業を継ぎましたが、やっぱりふるさとで働くってすごく楽しくて。
実家の薬局に戻ったらわざわざ遠回りしてうちの薬局まで足を運ぶようになった患者さんもいたりして。
その時に、「かかりつけ薬局っていうけど、結局薬局というハコにつくんじゃなくて、薬剤師というヒトにつくんだなぁ」と思いました。
家業に戻ると介護の話をする機会はものすごく多くて、でも薬局でそういう話をする機会が少ないことをそれまでの経験で知っていたので、これがうちのアイデンティティなのかな、と気付いたりもしました。

でもケアマネは持っていても在宅医療に対しては特別やろうとは最初は思っていなくて、かかりつけの患者さんが在宅に移行した時は絶対自分が最後までお付き合いしようとだけ思っていました。
市内のことを知るうちにどうやら浦安はチェーン店の比率が全国的にも高く、薬剤師が定着しにくそうなことがわかってきて、
またはじめはどうやったら市内の薬局みんながかかりつけの患者さんに在宅をできるようになるか考えたりもしましたが、そもそも会社も違うのにそんなこと自分にコントロールできるわけないかとも思い、
それならまずは自分にできることをしよう、依頼がきたら断らずにやってみようと思うようになりました。

ケアマネの資格だけ持っていてもわかることはほんの一部分で、それを生業としている他職種の方のことは実際に教えてもらわないとわかるわけがないと思い、なるべく勉強会に出席したり、会ったときに相手の仕事のことを知ろうと思って色々な方とお話ししてきました。
薬剤師は連携が苦手がちで、そしてわたしも多分に漏れず人見知りですが、わかったフリをせずに教わろう、自分にできることをしようと思って仕事をしていたら、本当にたくさんの方と一緒にお仕事をすることになりました。

在宅医療の依頼は他職種からの信頼の証だと思うようにしていて、利用者さんと同じくらい他職種の方を大切に、それぞれが本来の職能を発揮できるように自分の仕事内容はあまり決めずにやってきました。
個人営業は孤独かと思っていましたが、一緒にお仕事をする上で大切な出会いや別れがあって、うちの薬局は浦安に必要なんだ(きっと)、と少しは胸を張れるようにもなりました。

これからもっとできるようになりたいし、薬剤師としてはもちろん、人と人とのつなぎ目にちょうどよく収まるような「ちょっと薬に詳しいお兄さん」になりたいなと思います。

長くなった上に内容が激薄でビックリしたけど、せっかくたくさん書いたのでこのまま残しておこう。おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?