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【釣りコラム】浮力について素材の面からもう一度考えてみる

初めに

ルアーを作るようになって、意識し始めた項目の一つに浮力があります。浮力なんて意識するのは高校物理以来ですが、主にバルサ(ウッド系素材)と樹脂(インジェクションで使用されるABS)の比較です。ベーシックな内容ですがお付き合いください。

浮力とは

水などの流体の中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さと同じ大きさで鉛直上向きの浮力を受けます。これはアルキメデスの法則と呼ばれていて一度は耳にしたことがあると思います。ルアーが水中にある場合の浮力は下の図のようになります。


鉛直上向方向にρVgが働く(符号は-をとる)

ここで公式をよく見てみると、浮力に物体の質量m[kg]は関係しません。関係するのは体積V[m3]のみです。と言うことは、ルアーの素材に関していえばバルサと樹脂は同体積であれば浮力は等しいということになります。

バルサクランクはインジェクションクランクより浮力が強い、と一般的に言われていますが、ここには実はちょっと誤解があります。バルサクランクもインジェクションクランクも同じ体積であれば浮力は同じです。極端にいえば、鉄球でも風船でも、同じ大きさであれば浮力は同じです。

ではなぜ浮き上がり方に違いがあるのかというと、重力の大きさが異なっているからです。ルアーに関していえば、一般的には同じような大きさのバルサクランクの重さがインジェクションクランクの重さより小さいからです。

フローティングタイプのルアーであれば、浮かんだ状態で静止します。この状態の時に、浮力ρV’g=重力mgとなり、釣り合っているのです。ここで注意したいのは、釣り合いの状態の時はV→V’(水に浸かっている部分の体積)となっているので下図の状態であればV>V’となっています。


密度とは

浮力が大事な要素になってくるルアーの一つに、クランクベイトがあります。リップで障害物をかわしたり、浮上バイトを誘ったりと、浮力を生かしたアクションや特性をもったルアーです。ルアーが軽ければ軽いほど浮力を生かすことができるので、密度の小さいバルサを素材に使うことが極めて合理的といえます。

バルサの密度は約0.140g/cm3ほどであり、ABS樹脂の密度が1.07g/cm3ですので、比較すると断然バルサの方が密度が小さいです。バルサは基本的には固まりを切り出すので素材の密度がそのままルアーの重さに直結しますが、一方でインジェクションにおいては、内部構造を作ることができるため、見かけの密度を小さくすることができます。


浮くか沈むかは何で決まるのか

浮かんでいるルアーの浮力と重力の合力は鉛直下向きにmg-ρVg[N]となります。すなわちこれは
mg-ρVg=(m/V-ρ)Vg

  • m/Vはルアーの見かけの密度

  • ρは水の密度

上記のように、ルアーの浮き沈みの合力はルアーの見かけの密度と水の密度の大小のみによって決まります。ルアーは素材の密度や単純な重さだけに注目するのではなくて、内部構造も含めた見かけの密度に注目するのが大事と言うことがわかりました。

従って、例えばファットなラウンドクランクには、「浮力が強いので〜」ではなくて正確に言うと「浮力と重力の鉛直下向き方向の合力が小さくて〜」となります。

強度について

当然、素材自体の密度が小さいバルサクランクの弱点は強度です。クランクベイトはカバーに投げ込んだり、障害物にコンタクトさせる使い方もするので、ミスキャストや障害物によって傷がつきやすく、自身のフックが刺さって穴を開けたりしてしまうこともあります。また、雷魚などの鋭い歯を持った外道に損壊させられてしまうこともあります。

樹脂製クランクは樹脂自体の密度は大きいものの、内部を中空にして軽くすることができます。また、適切な厚みを残すことでバルサよりも強度を持たせることができます。しかし、強度を持つにはそれなりにルアーに厚みを持たせなければならず、使う樹脂の量が多くなってしまいます。

では樹脂製クランクの強度を落とせばいいのでは?と考えますが、現実的ではないでしょう。バルサが衝撃に対してしなやかに抵抗できることにと比して、樹脂は脆性を持っておりルアーの厚みを薄くしていくと衝撃が加わった際に、バルサのようにへこむ壊れ方ではなく、パキンと割れるような壊れ方をします。

これはバルサのように修復可能な壊れ方ではなく、即使用不可を意味します。従って、樹脂製クランクがバルサ並みの軽さを持つことは極めて難しいのです。

バルサのインジェクションへの応用

木は上へ上へと伸びていくのですが、そのためにできるだけ自重を軽くして強い構造になろうとします。木材の細胞は六角形に近い形をしているのは、孔の大きさが等しい場合、六角形が平面充填できる図形の中で最も少ない部材で強度を持つことができる構造だからです。

部材が少ないと言うことはそれだけ軽量化できると言うことです。そのような六角形で構成された構造のハニカム構造を取り入れているのがO.S.Pのブリッツです。


https://www.o-s-p.net/products/blitz/より引用。ハニカム構造を取り入れている。
バルサの断面。ハニカム構造の細胞が確認できる。(写真:「木材の構造」佐伯浩著)
拡大図(写真:「木材の構造」佐伯浩著)

ブリッツをみると分かりますが、ボディにハニカム構造が見えます。このハニカムが構造を負担しているので、ハニカムに囲われた部分に強度を持たせる必要がなく、浸水さえ防げれば良いということになっています。40%の肉薄化、と表記されていて肉薄化がどう言う意味か良くわからなかったのですが、おそらくハニカム内部の樹脂の厚みを極端に薄くできた、ということだと推察されます。今回は素材の話でしたので、私が取り組んでいる3Dプリンタ製と一般に流通しているインジェクション製との比較はしていませんが、また別の記事で製法の面から比較してみたいと思います。



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