【ショートショート】ごぼうてん

 僕は今日、喫茶店で友人と会う約束をしていた。
 ちょっと約束の時間よりも早い時間に着いてしまったので、先に店の中に入って、友人が来るのを待つことに。

 喫茶店内。
 僕は店員に案内された席に座り、紅茶を頼んだ。
 後ろの席では、若い女性二人がコーヒーを飲み、笑いながらお喋りをしている。

 しばらくすると、店員が紅茶を持ってきた。
 僕は友人が来るまで、紅茶を飲みながら本でも読もうかと思ったら……。

「えー!?ちょっと、ウソでしょ!あんた、『ごぼうてん』なんてやったの!?」
「しーっ!声が大きいよ!!」

 後ろの席から大きな声が聞こえた。
 ……『ごぼうてん』?
 ごぼうって、あの野菜のゴボウのことか?
 そして、てんは、天ぷら?
 つまり、ゴボウのてんぷらの話か?

「ごめん、ごめん……。でも、本当に『ごぼうてん』なんてしちゃったの?」
「う、うん……。つい、その場の勢いで……」
「ええー。マジでー。あたしには、ちょっと無理だわー」

 ……。
 他人の話を盗み聞きしているようでなんだが、正直、この二人の会話の意味がわからなかった。
 『ごぼうてん』って、ゴボウの天ぷら……。つまりは食べ物のことだと思われるが、この二人の話を聞いていると、食べ物の話をしているようには聞こえない。
 それに、『ごぼうてんをやった』、『その場の勢い』、『私には無理』という言葉から『ごぼうてん』はなにかの動詞で、暗喩のように聞こえた。

「それで、それで!実際に『ごぼうてん』をやってみてどうだった?」
「ええー、それ言わなくちゃダメなのー?」
「お願い!ここまで話したんだから、『ごぼうてん』ってどんな感じだったか教えてよ!」
「えー、ちょっと恥ずかしいよー!」

 ……。
 女性二人の顔は見えないが、その『ごぼうてん』を行った女性は恥ずかしいと言った。声も恥ずかしげだ。
 彼女らの言う『ごぼうてん』とは、恥ずかしいことなのか?
 それに、さっきの『その場の勢い』という言葉……。

 ……。
 なんとなく、だんだん察してきた。

 たぶん、彼女らの言う『ごぼうてん』とは『性的な行為』の『名称』、あるいは『暗喩』なんだろう。
 世の中には『性的な行為』を食べ物に例えて、呼んでいたりする。
 その『ごぼうてん』も、そういう『行為』をゴボウの天ぷらで例えた『行為』なんだろ。
 僕が知らないだけで、そういう名称のプレイ……『行為』があるに違いない。

 その『ごぼうてん』がどんな『行為』なのかは後で調べるとして、これ以上、女性の会話を盗み聞きするのは良くない……。
 そう思い、僕は耳にイヤホンをつけ、スマホで音楽を聴こうとした。
 聴きたい曲を選び、再生ボタンを押そうとした瞬間……。

「いいから、いいから、話してよー!あたしも、今度『ごぼうてん』やってみるからさー」
「う、うん……。わ、わかった……。まず、下準備として『機動戦士ガン○ム』のTVシリーズ観ないといけないから、結構、時間かかるよ」

 思わず、僕は耳からイヤホンを外した。
 え?今、『ガ○ダム』って言ったか?

「あー。やっぱり。『ごぼうてん』って、まず、それやんなきゃダメらしいもんね」
「一番最初のファーストガ◯ダムのTVシリーズ全話だからね。劇場版三部作でもいいんだけど、微妙な誤差が出ちゃうから、TVシリーズの方が良いよ」

 僕の背後の女性、今、『ガンダ○』って言ってるぞ。
 なんで、あのロボットアニメの金字塔『ガンダ○』の名前が出てくる?
 もしかして、『行為』前に『ガ○ダム』を見る必要があるのか?
 一体、どんなマニアックなプレイなんだ?

 失礼だとは重々承知しているが、なんか思っていた方向性とは違う会話内容なので、僕は二人の会話に耳を傾けた。

「で、ガ○ダムを観終わった後……」
「観終わった後……」

 僕は息を吞んだ。

「鯖缶かな」
「ああ、鯖缶ねー。やっぱり」

 僕は頭を抱えた。
 ガン○ムから鯖缶って、どういうこと!?
 ガンダ○の次に鯖缶が必要になるって、どんなアブノーマルなプレイ!?

 あ、いや!そもそも、僕は大きな誤解しているのか?
 『ごぼうてん』は、『性的な行為』の名称とか、暗喩ではなく、なんかの儀式か?丑の刻参りとか、黒魔術みたいな。
 どちらにせよ、ガ○ダムと鯖缶が必要な儀式ってなんなんだ……。

「んで、鯖缶のあとはどうしたの?」
「鯖缶が終わったら、15分の休憩かな。さすがに疲れるし」
「だよねー」

 鯖缶でなにをした!?
 鯖缶で15分の休憩が必要ってなんだよ!?
 ガンダム観た後、鯖缶でなにをしたんだよ!?

「んで、休憩が終わったら……」
「たしか……アレをやるんだよね?」
「そうそう、ガス溶接でちゃんと固定ね」

 何故、休憩の後に溶接をやるんだよ!?
 なんで、ガ○ダムと鯖缶から飛んで、溶接が必要になる!?
 そして、なにをちゃんと固定するんだよ!?
 というか、溶接の資格持っているのか!?

「溶接が終わったら、ちゃんと『スラッシュマイハート』しなきゃダメよ」
「ああ、確か『スラッシュマイハート』しないと筋肉痛になるもんね」

 わけわかんない単語、出てきちゃったよ!!
 なんだよ!『スラッシュマイハート』って!?プ○キュアの必殺技!?
 溶接のあとに『スラッシュマイハート』しなきゃならないってなに!!?筋肉痛になるぐらい、溶接をやるの!?
 
 僕は我慢できなくなり、スマホで『ごぼうてん』について検索した。
 ゴボウの天ぷらのレシピと画像がいっぱい出てきた。
 違う!そうじゃない!
 僕が知りたいのは、それじゃない!
 やりたくなかったが、『ごぼうてん エロ』で検索した。全く関係のないエロサイトとエロ画像が出てくる。
 更に『ごぼうてん 儀式』でも検索したが、全く関係のない結果ばかり。
 『スラッシュマイハート』も検索したが、全くなにも引っかからない。

 なんなんだ、この後ろの二人!?
 一体、なんの話をしているんだ!?
 『ごぼうてん』ってなんなんだ!?どういうプレイ……いや、儀式なんだ!?

「んで、『スラッシュマイハート』が終わったら、いよいよ……始まるの?」
「う、うん、そ、そうだよ……。そこから、いよいよ始まるよ……」

 急に女性の声が恥ずかしげな声になった。
 『始まる』……。
 ガン○ム、鯖缶、溶接、スラッシュマイハートを経て、いよいよ始まるってことは……。
 その『ごぼうてん』が始まるって意味か?
 僕は固唾を呑んで、女性の声に集中した。

「そ、その、『スラッシュマイハート』が終わったら……」
「終わったら……」

 終わったら……?

「『ダーダー・ブルンブルン』をレンジでチン!してから、そのまま図書館へ行って一時間ぐらいした後、『バーチカル・ヘッドライトスキャニング』して終わりよ……。もー、かなり恥ずかしかった!!」
「うわー!超、大胆!!あんたってば、ホント見かけによらず、超、大胆!!」
「で、でも……やってみると、結構クセになる感じかな……」

 僕は頭を抱えた。
 なんだよ、『ごぼうてん』って。

※『ごぼうてん』に関する質問、問い合わせ等は一切受け付けておりません。

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