2022/06/05 正解が沢山ある時代
正解が複数存在する時代
近年、日常の様々な事柄が常に変化し、複雑に絡みあっている。
特に 2020 年初頭から始まったパンデミック以降はそれが顕著に表れている。
そのような時代の中で生きる私たちは自ら情報を集め、自分なりの正解を模索する必要がある。
『新失敗学』の作者、東京大学名誉教授である畑村洋太郎氏はこう述べる。
私たちは今まで、義務教育では唯一解が存在する問いに答えることに多くの時間を費やしてきた。
社会に出てからも、既に先行事例があり、大体何が正解か分かっている中で決断をすることが多かったと思う。
しかし、現在私たちは未知の脅威に晒され、洪水のように溢れる情報の中から正解を導き出す必要がある。
誰かから教えられた正解をそのまま受け入れ、従う時代は終わったのだ。
自分や、自分が愛する人を守るため、幸せにするためには自ら考えて最適解を出さなければいけない。
例:マスクを着け続けるか、外すか
週刊現代にこんな記事があった。
先日、厚生労働省は<「新しい生活様式」における熱中症予防行動のポイント>を発表している。
私はこの記事でマスク着用の是非を議論するつもりはない。
しかしこの場合、厚生労働省からの発表を元にすると 100 m走の時はマスクを外し、競技が終わったらマスクを着用することになるだろう。(怒鳴り声を上げるかはさておき)
では、運動会における他の競技、騎馬戦やリレー、玉入れや綱引きはどうだろうか。
これは競技ごとに適した感染対策を検討する必要があると思う。
つまり、一律に「常にマスクを着用するべき」「屋外だから外していていい」と決めることはできない。
また、全ての場面において教員がマスクの着脱を詳細に定め、生徒に順守させるには結構な労力がかかる。
となると、このような場面では生徒にマスク着脱の判断基準を伝えた上で自ら判断してもらい、ルール自体は曖昧に定めざるを得ないのではないだろうか。
しかしながら、自ら判断をしたとしてもそれを簡単に実行に移せない背景は私たちにはある。
それは、「同調圧力」の存在である。
同調圧力
精神科医の和田秀樹氏が述べるように、我々は様々な単位社会で生活しており、様々な場面で同調圧力を感じる。
しかし私は常々、同調圧力を与えるのではなく、多様性を受け入れられるようになりたいと思っている。
今日現在、屋外だからといって混雑している駅前をマスクせずに闊歩した時、あなたはどのような気持ちになるだろう。
「恥ずかしい」「異質に見られている気がする」「モラルに反している気がする」など、周りの目が気になるのではないだろうか。
逆に街でそのような人を見かけたときに、あなたはどう考えるだろうか。
「もしかしたら疾患が理由で外しているかもしれない」「暑すぎて熱中症寸前だから外しているかもしれない」と想像し、その人の考えた正解受け入れることができるだろうか。
他人の正解を受け入れる
現代ほど「各個人が自らの頭で考えて正解を出すべき時代」は無い。
ただし自ら最適解を考えて導き出す上でも、他人の考える最適解を受け入れる上でも、最も重要なのは「どれだけ多様な判断材料を持っているか」だと思う。
多様な判断材料を持っているからこそ、多様な想像力を働かせて自分の正解を出せるし、他人の正解を受け入れられるのだ。
そのために私は、可能な限り多様な考え方に触れたいし、その考えに至った背景を知りたい。
なので、もしも私の記事を読んで思うことがあれば、是非あなたの意見を聞かせて欲しい。
また、あなたが最近導き出した最適解があれば、その背景と合わせて是非教えて頂けると幸甚である。
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