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16.シーチキンロードに虎、とマジな面談。

高山との面談日。

この日は、珍しく本当に面談だった。いつもだったら、カフェかレストランで駄弁るだけなのだが、この日は貸し会議室に来るように言われた。メールで今日の議題が送られてきて、①現状分析。②課題を抽出する、③課題の掘り下げ。④対策を考える。⑤実践スケジュールを組む。といった、マジな面談要項が書かれていた。

面談開始時刻は16時。確実に間に合うように少し余裕を持って家を出た。アパートの敷地から外の道路につながるシーチキンロードには、情報屋のブチの友達と思われる、虎猫が居た。既にシーチキンは先客が平らげており、虎はシーチキンが置いてあったアプローチの砂利を舐めていた。

俺は、一旦家に戻ると、冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出し、包装を剥くと、虎に上げた。「ミャー」と言うと、両足(両手)を伸ばしたままお上品に魚肉ソーセージを食べ出した。

中々、礼儀正しい虎猫だ。ブチを始めとした、根っからの放浪猫は、いつでもピョンと逃げ出せるようにだと思うが、両足を屈曲させた上で、周囲を警戒しながら食べている。いや、俺は猫の専門家じゃないから、本当にこの俺の解釈が合ってるかどうかは分からない。でも、虎の風貌は、ブチの持つ野武士のような荒々しさとは違う。

ひょっとすると、中流家庭で飼い猫だったのかもしれない。で、旦那が出張で引っ越す事になり、放浪猫になった。放浪猫として彷徨っている所を、情報屋のブチに助けてもらい、ブチ達の集会に顔を出すようになった。多分だが、そんな気がする。

今度、ブチにあった時に、虎の素性については尋ねてみようと思うが、もし、これから先も放浪猫として生きていくのであれば、中流家庭の飼い猫だった頃のプライドは捨てた方が良い。ただでさえ放浪猫対策が厳しくなる世の中。そんな世の中で生き残っていく為には、虎のこの礼儀正しさは、邪魔になる。

虎と別れると、横浜駅から数分のビルに入る貸し会議室へと向かう。地下街からの出口を間違えながらも、面談開始時刻の15分前には到着した。ビルの中層階迄エレベーターで昇り、受付で名前を告げると、昭和のエレベーターガールみたいな服装をしたお姉さんが会議室まで案内してくれた。

シックな黒の扉の脇の「Room D」と打たれた黒のプレートからして何だかオシャレ。銀色の文字で「Room D」と打たれているのだけど、昔、大所帯なクラブ出身のヤン姉キャラのアイドルが唄い踊った「嵐の何とか」って曲の特徴的な振り付けみたいなオシャレなL字模様が「Room D」の左側に描かれている。

そんな高級アピールな黒の扉の鏡みたいにピカピカなレバーハンドルを引いて中に入ると、壁一面が青。さらに地べたの絨毯も濃い青。青の壁には、俺でも知ってる著名画家のレプリカが4つ。真ん中のデスクは、関東の濃い口醤油で作ったうどんのつゆみたいな艶のある黒。何て主張の強い会議室なんだ。そんな主張の強い会議室の前面にある量販型なホワイトボードで、高山が何やら書き込んでいた。

「淳平、ちょっと座って待ってて」と発しただけで、引き続きホワイトボードに向き合っている高山。

図が完成すると、「よし始めるぞ」と言って、ホワイトボードの図を指しながら、俺が現在どういう状況にあるか、高山が説明してくれた。図は、左に行くほど悪い状態、右に行くほど良い状態で、一番悪い状況をレベル1だとすると、一番良い状態がレベル6、6段階になっている。

レベル1が、悪い状態が固定(奈落の底)。レベル2が、負のスパイラル。レベル3が、綻び。レベル4が、普通。レベル5が、好循環。レベル6が、良い状態を維持。俺は現在レベル2だ。

各項目と項目の間に改善すべき項目が書かれている。生活習慣に関わる項目、仕事に関わる項目、思考様式に関わる項目、外部環境への備えと言った大きな括りの中に、睡眠、食事、掃除、集中、持続、克服といったワードが沢山書き込まれている。

高山の分析は、俺は現在、負のスパイラルに巻き込まれている状態にある。今はそこから脱け出す事が先決で、そこに一点集中しようというのが高山の提案だった。
しかし、いつになく高山が真剣だった。ここが最後の一線と考えているのかもしれない。この一線で負けたら、もう戻れない。ここで螺旋が途切れ、後は奈落の底へ一直線に堕ちていくしかない。今、俺はそういう位置に居る。

俺は同意した。すると、高山から負のスパイラルから脱け出す為にプロの力を借りよう、という話になった。

「核となる問題をクリアーしさえすれば、レベル4・レベル5に状況を転換出来るはず」
「まずは生活習慣の改善。昔は出来てたんだから、ココさえ回復すれば一気に状況は変わるはず」
「その中で隠れていた問題が浮上してくるはずだから、そしたら都度その問題に対処する」
「まずは生活習慣を中軸に据えて、一旦仕事は従属条件にしよう」

俺は高山の言う通りにしようと思った。もう、自分の力だけではどうにもならない。そんな気がしたのだ。ただ、清水さんとの飲みの席で「ヤバイ」と思って即座に立ち上がった自分は信じても良いと思った。まだ、俺は自分を諦めてない。自分の可能性を諦めてない。そんな気がしたからだ。


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