見出し画像

27.会計事務所でバイトしながら起業を目指す。

コールドなホワイト企業Z社の契約は予定通り1年で切れる事になった。というより、辞めろ雰囲気が強くなってきたので、K主務に「これって更新無しってことですよね」って聞いたら、「ごめんね」と返ってきた。

気さくな1人の社員さんとOJTを担当してくれたK主務を除くと、仕事以外の場で誰とも交流する事が無かった。この雰囲気の職場に平気で棲息していられる社員の人間性を疑ってしまう。

最近は、同期入社の契約社員に対する嫌がらせも酷く、SHさんを追い込んだやり方に加え、オフィスビルが乏しいエリアに契約を切りたいPR部隊を派遣し、ノルマの件数回れなかったことを、指導という態で詰めるというのが日常的になった。

だったら、ハッキリ、「PR部隊のプロジェクトが失敗に終わったので辞めて貰えないか」と言えば良いのに、用済みになった駒をホワイトな追い詰め方で排除していく。優良ブラック企業が懐かしくなるくらいの陰湿さ。何かムカつくぜ。

コールドなホワイト企業Z社との契約が終了すると、次にオフィス備品を扱う会社を紹介されたが、高山に相談した上で断り、派遣会社の登録も解除した。起業を目標に据えるならば、起業に役立つ会社が良いだろうという高山の助言もあり、高山の知り合いの関口会計事務所を紹介してもらった。

面接当日。

関内駅から徒歩5~6分程度の場所にある10階建てのビルの5階に関口会計事務所がある。1階はカフェ、2階は塾、3階・4階が横文字の会社で、6階がホットヨガ、7階が体操教室、8階が格闘系の教室、9階が法律事務所、10階は謎という、「テナントの配置間違えてない?」という看板にツッコミを入れつつ、エレベーターで5階に上がった。

夕方の16時半だった事もあって、早速、7階の体操系なのか8階の格闘系なのかは分からないが、Queenの代表曲の前奏みたいなダッダッバタンというリズムがループしていた。

5階に到着し、一旦トイレで身だしなみを整え、唾をゴクリと飲み込んだ後でインターフォンを押すと、気さくなおばちゃんの案内で事務所内の会議室へと通された。

間もなく、先ほどの気さくなおばちゃんが黒塗りの半月盆に木製の茶托と渋い深緑の茶碗の緑茶を持ってきて、お茶を飲むタイミングを失するくらい、最近開催されたフィギュアスケートの大会の話を一方的に続け、その大会で活躍したある選手に「あなた似てるわね」と言い残し、会議室から去って行った。

いや、似てないと思う。でもお陰で緊張が解れた。

気さくなおばちゃんが会議室から出ると同時に、均等な黒白髪に滝廉太郎風の眼鏡が特徴の男性が入室してきた。もちろん、事務所の所長である関口先生である。

「はじめまして、当事務所所長の関口と申します」
俺は席から立ち上がり礼をする。
「はじめまして、田島淳平と申します。高山さんの紹介で今日は伺わせて頂きました」
「どうぞお座り下さい」
関口先生にやや遅れて着席した。
「今日は、わざわざお越し下さいありがとうございました。まずは内の事務所についてお話しますね――」

関口会計事務所は、税務部門、社労部門(先生の弟が代表の社労士事務所が同居する形)、起業支援部門の3つの部門からなる、全部で50名弱のスタッフが所属する会計事務所だ。
 
事務所の説明を終えると、スグに契約の話になった。私は所長室という空部署の下で営業を担当する事になった。「空」部署とは要は名刺上のみ存在する部署という事だ。

具体的には、中小零細企業やそのオーナーさん相手に税務・会計サービスや補助金・節税対策・保険等の営業をする。また、繁忙期は一部の事務作業を手伝うと共に、書類提出が遅れている顧問先に出向きホワイトな脅し…、じゃなくてホワイトな催促で資料を回収する仕事などを担当する事になった。

一応、雇用形態はパート・アルバイトだが、週5日で9時~17時、固定の日当+インセンティブ契約となり、シフト労働では無い。その後、よくある面接のようなやり取りは一切無く、採用が決まったみたいだった。

「ええと、関口先生、これは……」
「はい。もう採用は決まってます。あとですね――」

なんと、最初の3ヶ月は給与を頂いた上で、金曜日に会計専門学校の講座を受講させてもらう事になった。社会人向けの研修講座で、財務・会計・各種税金・社会保険労務などの基礎知識を幅広く学ぶ。

その後は関口先生の趣味でもある海外サッカーの話で盛り上がり、1時間くらいで面接というより顔合わせは終わった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?