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エンジェルはデビルの顔してやってきた

「あなたごめんなさい。月のお小遣いなんだけど、1.5万円にしてもらっていい?」
「うん、そうだね。これからお金掛かるもんね。…。分かった」

深刻な顔をした妻から夫婦会議をしたいと言われた時、夜寝付けないくらいに怖かった。でも、妻の口から出てきたのがお小遣いの件で、少しホッとした。

今年、息子が中学生になった。今迄以上にお金が掛かる。塾費に部活費に、息子は運動部に入るから食費だって必要になる。本当は息子が中学生になる段階で妻が仕事に復帰する予定だった。

だが、おじいちゃんの介護問題が勃発し、それも出来なくなった。じいちゃんの介護を一身に引き受けていたおばあちゃんが膝を悪くしてしまったのだ。

「ごめんなさい。私が働きに出られれば良いんだけど、おじいちゃんの介護がね……」
「いやいや、僕こそ、ごめん……」

そう、僕のせいなのだ。僕がもっと良い仕事に就けていれば、こんなに苦労掛けずに済んだのだ。

僕は大学院まで出た。私立の結構有名な大学院だ。でも、良い就職先が見つからなかった。1年の就職浪人を経て、5年の有期契約である会社の研究部門へと就職した。ビックリするくらい安月給だった。いわゆる高学歴ワーキングプアって奴だ。

でも、努力の甲斐あって正社員に昇格する事が出来た。正社員昇格を機に友達の紹介で出会った彼女と結婚した。それが今の妻だ。

しかし、正社員になった翌年、その研究所は潰れた。研究データを捏造したのだ。僕も同僚も知らなかった。でも、なぜか組織ぐるみの不正に仕立て上げられてしまい、あっという間に潰れた。

研究所の跡地は転売され今は観光ホテルになっている。あまりに事がスムーズに進展したので、「何か裏があるのでは?」と勘ぐりたくなる程だった。

その後、僕は知人の伝手を頼り、とある家電メーカー傘下の研究所に転職する。もちろん非正規雇用だ。職場では庫内リサーチャーという仕事に就いていた。親会社がサブスクで提供する庫内カメラ付き冷蔵庫のデータを分析する仕事だ。

庫内の傾向を分析し、新型冷蔵庫の開発やサービスに活かすのが目的なのだが、退屈極まりない仕事だった。研究職と名は付くが、何も生み出さない。来る日も来る日も、庫内のデータを整理するだけ。

噂では、親会社が開発中のAIを活用したデータ分析システムが完成した段階で、私達はお役御免になるらしい。入社1年目にして雇い止め後の事を考えなければいけないのだから辛い。

だが、エンジェルはデビルの顔してやって来た。そして私の不遇の人生をバラ色の人生に変えてくれた。

ある時、僕は変な傾向に気付いてしまった。ある食品を見掛ける家に、かなり高い確率で、ある薬が冷蔵庫の袖に入れられている。

僕は気になって上司に報告。上司が本部長に報告すると本部長が苦い顔をした。その時の顔が妙に不気味だったのを覚えている。でも、何事も無かったかのように、いつもの日常に戻った。

だが、ある日家を出ると背広姿の4人の男に囲まれた。

「すいませんAさんですよね」
「はい」
「ええと、幾つか質問させてもらいます。全て正直にお答えください。その方があなたのタメになります」

所属先、仕事内容、前職、出身大学、家族について質問、いや説明された。私は、「はい、その通りです」と答えるだけだった。お前に関して完璧に調べあげているぞ、そんな脅しのように感じた。

「家族の幸せを守りたいのであれば、この書類にサインしてもらえませんか?」
「何の事ですか?」
「薬の事、気付いてますよね?」
「はい」
「もう、お分かりですよね。あなたが置かれている状況が……」

なるほど、確かにある食品の製造会社は3年前に、ある製薬会社に買収されていた。

「ええと、そしたら、冷蔵庫で冷やさなくて良いタイプに改良したらどうですか? このタイプの薬なら……」

大学院時代に得た知識をフルで披露した。

「あとは冷蔵庫で冷やさないでくださいって注意書きをすれば良いんじゃないですか。もしくは内の会社を買収したらどうですか? お宅だったら、そのくらいの資金余裕でしょ」

男達は感心したようだった。

翌月から私は、ある製薬会社に部長待遇で迎え入れられる事になった。家族がとても喜んでくれた。

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【題】内に来ないか。
この物語はフィクションです。

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