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15.誘惑さえあれば裂け目から墜ちてゆく。

再就職活動を開始してから1ヶ月半。相変わらず就職先は決まらなかった。登録している派遣会社から、一応は微妙な派遣先の紹介を受けるが、出来れば正社員の道が開けている職場にしたい。だから断っていた。まだ失業保険も続くし……。

だが、こうやって、だらけた日々が続くと、俺のダメさ具合も、どんどん酷くなってくる。「就職決まったら改めればいいや!」というキラーワードで、現状に甘える理由を拵え、「俺だって環境が変われば出来るし!」という誤魔化しワードで負い目を封じ、「今は本気出してないだけだから」という逃避ワードで現実から目を逸らし続ける。

こうなると、もはや、就職先が決まらないでくれる方がありがたい!というような怠惰な心情になり、気付くと、ネットで「生活保護」なんてワードを検索していた。

それだけではない。普通だったら、目眩がしたり、腕に痺れを感じたりしたら、ただただ不安になるもの。でも、「あれ俺ひょっとして病気で働けないタイプかも」などと呟きながらニヤつく。流石に「ヤバイヤバイ!何やってるんだ俺!」となったものの、こんな日々を続けていると、どこまで堕ちてしまうか分かったもんじゃない。

再就職活動は相変わらず不調だった。絶賛堕落中な生活が3ヶ月目になると、精神的な箍なんてものはもうユルユルだ。あとは誘惑さえあれば、裂け目から墜ちてゆく。そして、この日、俺はついに、その誘惑に遭遇してしまう。

道端で出会った、凜々しい顔した猫を追っかけてたら、昔、H町の場外(馬券売り場)で出会ったイカサマ賭博師に遭遇してしまったのだ。

「おー、兄ちゃん、久しぶりだな!」
「あれ、清水さん?」

上下濃茶のコーデュロイにシャツが赤地の柄シャツ姿で、以前は、太陽ホエールズのキャップを被っている事が多かったが、今日はハンチング帽を被っている。

「あれ、清水さん、痩せましたね」
「アハハハ!」
「病気っすか? クスリっすか?」

清水さんが病気っぽいとも言えそう、クスリとも言えそうな擦れ声で。
「ちげーよ! プリズンダイエットだよ」と言って誇らしげに笑った。

どうやら違法賭博で捕まったらしい。それも、しばらく遭遇しない間に3度もパクられたそう。懲りるどころか、実刑になり「俺も箔がついたな~」って自慢してたけど、4度捕まるのは清水さん的にアウトらしい。

牢獄=老後で、4は死を意味するから、老後死で縁起が悪いのだそうだ。「いや、老後の先ってどっちにしろあの世っすよ」と言うと、「え~、……。ホントだな」と言って笑っていたが、どちらにせよ、もう逮捕されない方が良いので、今は合法な賭博もどきか、グレーな商売までに留めているそうだ。

そんな清水さんの誘惑に負けて、そのまま新しく出来た場外馬券売り場へと足を運んでしまった。そして、手元にある金を全部を突っ込んだ。(まあ1万数千しか持ってなかったけど)

負けた時の快感が堪らなかった。負けて「チクショー」ってやる瞬間にゾクゾクする。正直、馬の事なんて良く分からない。サッカーと違って研究もしてないし、有名な馬の名前すらあんまりよく知らない。でも、だからこそ純粋に賭けなのだ。純粋に賭けだからこそ、運を試している感覚、運だけに乗る感覚が堪らないのだ。どこか破れ被れだからこそ、鬱積している負のエネルギーが一気に発散される感じがある。

大負け後はもちろんやけ酒だ。わざわざコンビニでお金を下ろして、「清水さん、俺奢りますよ!」などと格好つけている。

だけど、清水さんに連れられて行ったN町の飲み屋が、たまたまハイエナコさんのお店の近くだった事もあってか、途中で気付き、「ヤバイ」と思い、下ろした万札を清水さんの前に置くと、「清水さん、ごめん、俺今日約束あるの忘れてた!」と嘘をつきスグに店から出て、スグに高山に連絡した。

「高山やっちまったよ」と言うと、高山は大きな声で笑った後で、大きく溜息をついた。そして、話し合った上で、全ての通帳とカードを一旦預ける事にした。

反省した。反省出来るだけのメンタルキャパがまだ残っていた事に驚いた。久しぶりに歪な現状肯定も自己防衛の為の屁理屈も封じて心の底から反省した。幸い、闇手の方に引っ張られるような感覚も無く、ただただ凹んだだけで済んだ。

高山が笑ってくれるから追い詰められずに済む。ここで説教などされたら多分俺は逃げを打ったと思う。ハイエナコさんは説教というより懇願だけど、この2人の役割分担が絶妙だったんだと思う。


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