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意外と知らない人が多い【銃社会タイ】

 微笑みの国などとも呼ばれ、今やリピーターやビジネスマン、初めての観光で日本人が160万人以上も訪れるのがタイだ。タイ人は優しく、おもしろくてタイを好きになる外国人は多い。

 タイ人が優しいのは事実だ。ほかの東南アジアの国と比べても優しい人が多いとボクも感じる。

 しかし、それと治安はまったく関係がない。タイの殺人事件の件数は日本の何倍もあり、人口比で考えると十数倍の発生率だとされる。タイ人は南国特有のおおらかさを持つ一方で、後先を考えずに感情に任せて突っ走ることがある。これが悪い方に出るとき、殺人事件などに発展してしまう。微笑みと行動が真逆なのがタイ人の一面でもある。

 そして、怖いのが、タイは銃社会であるということだ。書類が揃い、警察を始めとした関係各所から許可が下りれば合法的に銃器を所有できる。あくまでもタイ国籍者だけに限った話で、外国人はそう簡単には所有できないが。

 ハンドガン(拳銃など)がオートマチックのタイプで10万バーツ前後からなので、およそ35万円で購入できる。また、ショットガンなどは安いものだと3万バーツくらい、つまり10万円ちょっとから手にすることができてしまう。

 ちなみに、連射できる銃、いわゆるマシンガンなどは民間人が購入することはできない。警察官や軍人でも個人所有は不可であるほどだ。サプレッサー(消音器)も違法だし、制限は多い。

 銃器購入はアメリカほど簡単ではなく、購入後はすぐに登録に行かなければならないなど、いろいろ大変だ。そのため、各家庭が銃を持っているのかというとそうではない。

 しかし、これだけ身近に本物があることで盗難拳銃や、本物を真似て作った模倣銃などが違法に出回ってしまい、それらが犯罪に使われる。タイでは工業高校を卒業すると、エアガンを実弾発射できる銃に改造できる技術が身につくのだとか。タイは徴兵制なので、男性は特に銃に接する機会が多いというのもあって、銃の構造はみんな知っていると言っても過言ではない。

 そんなタイでは先日、こんな重大な凶悪事件が起こっている。

 これも結局は軍から盗んだ銃器での凶行だ。そして、懸念した通り、この事件から数日間のうちに、模倣と見られる銃の乱射事件がバンコクや他県で2件ほど発生した。幸い、この事件では死傷者はなかったはずだ。また、それ以降は模倣犯は現れていない。

 旅行者は知る由もなかったこととは思うが、タイは銃社会であるということを忘れてはいけない。意外と在住者でも知らない人もいる。それくらい、いつでも目の前で起こるというわけでもないが。

 とはいえ、実際にそこに銃があるので、場合によっては銃撃事件を目の当たりにすることだってある。ボクはタイで救急救命のボランティアをしているのでその機会が多いというのはあるが、その活動とは関係ないところでも銃撃事件を2回経験している。

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 まず、今の日本大使館がある辺りにかつてスワンルム・ナイトバザールという夜市があった。隣接してステージがあり(特設会場だったのかも)、2003年8月にタイの大手レーベルのグランミーとRSが並んで同時無料コンサートを開催した。昼間から夜まで通しで延々とやるコンサートで、29日から31日の金土日3日間の予定だった。

 ボクは金曜日に当時つき合っていた女の子と一緒に行った。グランミーでボクの好きなスアというロック歌手が歌っていた。客はその日はまばらで、深夜0時近く(あるいは過ぎていたかも)の最後の歌手だ。すでに目の前で十数人対十数人の殴り合いが始まっていた。

 当時はまだタイ・ポップスを好きだった時期なので、土日も絶対に観に行くと決めていた。そして、観に行く前に伊勢丹向かいのネットカフェでメールをチェックしていたときだ。外から銃声が聞こえ、たくさんの人がネットカフェの前を逃げ惑っていた。まさかこれがコンサートに関係があるとはその時点では思いもしなかった。

 19時前後になって会場に向かった。しかし、たくさんの人がウィッタユ通りを塞いでいる。何事かと思えば、バンコク中の不良少年たちがここに向かっていることを察知した警察が門を塞いでしまったのだ。その時点では中から音楽が聞こえていたので、完全中止にはなっていなかったと思う。

 音楽が聞こえてくれば、自分だって中に入りたくなる。みんな、そんな気持ちだったに違いない。門がダメなら、柵を越えていけばいいのでは? しかし、その柵の中にも警官がいて、乗り越えて入った人は警棒でボコッボコにしばかれた。

 帰るしかないのかと思った矢先、数メートル先で銃声が響いた。逃げ惑う人たちが押し寄せてくる。銃声が聞こえなかった警官はいきなり走り出した若者たちを暴力で押しとどめようとした。中には柵を越えて逃げた人もいたが、中でやっぱりしばかれている。

 逃げ場がない。彼女と繋いでいた手も逃げ惑う人に引きはがされてしまった。

 銃声がまた響いた気がした。ボクは彼女に向かってとりあえず伏せるようにと叫んだ。そうしたら、一斉に周囲の人が伏せてしまい、その一団の端の人たちは結局警官にぶん殴られていた。今なら笑えるが、あの時点では目の前で実弾が発射されているかと思うと怖さが勝っていた。

 どうにかこうにかしてそこを離脱し、コンサートは聴けずじまいで終わった。ちなみに妻も当時そこにいたようで、ボクらはニアミスをしていた。

 結局、死者はいたのかいなかったのか。400人近くの不良少年が暴れ、30人以上のケガ人が出たという報道はあったはず。

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 ほかに体験した銃撃事件は、2、3年前のことだ。最終電車で最寄り駅に着き、そこからバイクタクシーで帰宅する途中だった。その運転手はスピードを出し過ぎ、信号も守らない。赤信号で交差点を突っ切ったときは怒ろうかと思った。が、ボクはこの人にそのことを感謝することになる。

 その信号の少し先にコンビニがあり、その明かりに数人の若者がいるのが見えた。そこを通り過ぎた数秒後、大きな破裂音が幾度も響いた。通りの反対側を走ってきた車と銃撃戦が始まったのだ。コンビニの若者たちが敵対するグループと遭遇したのか、狙われたのか。

 もしバイタクが信号を守っていたら、その弾幕に飛び込んでいた可能性がある。今回ばかりは信号無視に感謝である。金を払うときに運転手も、先のは危なかった、と苦笑していた。

 銃撃事件はタイ人でもそう経験することではない。しかし、銃社会であることは忘れてはいけない。先のタイ人が受けられる許可証は、あくまでも合法的に「買える」許可であって、持ち歩くための携帯許可証ではない。この許可証は警察官だとか、金行の経営者などの実際に危険が身近にある職業の人にしか出ない。そのため、銃を持って歩く人はあまりいない。

 不法所持がみつかれば10年とか20年の懲役が待っている。だから、タクシー運転手などが銃をダッシュボードに隠していると言われることもあるが、割りに合わなさすぎて、よほどのバカでない限り、銃を持って歩く人はいない。

 ただ、世界中どこもそうだが、犯罪者は普通の思考回路を持ち合わせていない。危ない輩は懐に銃を持っている可能性は十分にある。

 だから、タイではどんなに腹が立っても、タイ人とケンカしてはいけない。見た目でどんな人なのかもわからないのもまたタイ人の特徴だからだ。普通のしょぼいオジサンかと思えば、実はマフィアや軍・警察の高官だということもある。

 タイ人が微笑むのは、結局のところ、相手を思いやる優しさというよりは、無意味なトラブルを避けるために「ワタシはあなたの敵ではない」と示しているに過ぎない。つまり、その微笑みにあまり意味はないのである。だから、微笑みと治安は関係なく、タイは危ない国であることに間違いない。

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