見出し画像

クロックとサークって一家にひとつ

 妻が東北人というのもあるし、これまで付き合ったことのあるタイ人もみなイサーン出身だったから、自宅に必ずクロックとサークがあった。バンコク出身でもそうなのかはわからない。ただ、タイ料理の中では使う頻度がかなり高い調理器具だから、基本的にはあると思う。日本でいうとなにに当たるのか。使い方はすり鉢なのかと思うが、一方ですり鉢はどの世帯にも必ずあるってわけでもないだろう。タイの食卓においてクロックとサークの存在感はなによりも強い。

画像1

 クロックとサークとはなにかって話になるでしょう。クロックは簡単にいえば臼だ。瀬戸物だったり、木製だったり、あとは石というのもある。青パパイヤのソムタムを作るときにはまず欠かせない。

 サークはそのクロックに入れた食材を叩くために使う棒だ。これは基本的には木製であることが多いのかな。ポクポク叩いて中の食材を砕き、かつ和えていく。

 そもそもソムタムの「タム」には叩くとか搗く(つく)という意味がある。だから、少なくともソムタムを作るには欠かせない調理器具なのである。

画像2

 この作業が意外と難しい。潰すのも全体的に満遍なくきれいにというのがそう簡単にできるものではないのだ。片手におたまのような大きなスプーンを持って和えながら叩く人もいるが、こんなのは簡単に見えて神業である。おそらくタイ人は子どものころから親の手伝いをしながら学んでいるのだろう。

 ちなみに、一般家庭では当然使い終わったら洗うけれども、飲食店ではその日が終わらないとクロックもサークも洗わないことが多い気がする。屋台はそもそも洗うスペースもないし。

 タイ料理というのは、よく言えば非常にフレキシブル、悪く言えば未完成な料理だ。和食は基本的に一品一品が完成されていて、客がああしろこうしてと指示することはそうあることではないでしょう。タイ料理はタームサングを代表するように、客が指示して料理が完成されていく。米粉麺のクイッティアオも、客先に出てきてもなお未完成で、テーブルの調味料セットで味を調える。

 ソムタムに関しても、タイ人は屋台で注文する際にはやれプリック(トウガラシ)をいくつ入れろ、砂糖は多めに入れろ、プー(サワガニなど)だとかプラーラー(魚を発酵させた調味料)を入れろと命じていく。日本人はよく屋台で腹を壊さないかと心配する人がいるが、実際、タイ人も屋台でよく体調を崩す。その中で悪名高い食材が小粒のカキ、プー、プラーラーだったりする。

 それでもタイ人にはソウルフードなので、プーやプラーラーをソムタムに入れる人が多い。そして、先の話に戻るが、クロックはなかなか洗わない。だから、たとえばソムタムにプラーラーを入れない、辛くしないと注文しても、もし前の人がプラーラーを入れるわ、辛くしているわだと、注文とは違う味になっていたりする。

画像3

 バンコクのアパートは基本的には台所がない。台所つきの部屋は1万バーツ超のちょっと高い部屋でないと設置されていない。最近の日本人在住者には1万バーツ超の家賃なんて安い方なのだろうけど。ボクが移住したてのころ現地採用とか仕事していない人とかはみな、5000バーツ前後のアパートにいたものだ。

 それでも屋台が多いので不自由はしない。外食文化ってことだ。とはいえ、すべてのタイ人が毎日毎食を外で食べているわけではない。たまには自炊もする。そのときに使うのが、電気式のフライパンや鍋だ。タイスキの店に行くと見るあの鍋とか、あの鍋の部分がフライパンになっているものを買ってくる。

 そして、このクロークとサークも手に入れてくる。

画像4

 クロックは大体こういったサイズを買うことが多いのではないか。これよりも小さいと、まず作りづらいし、小さいクロックは使う目的が違うので(後述)、このサイズに自然となるのでしょう。

 クロックとサークは日用品販売店などで売っている。日本なら昔でいう金物店のような店だ。バンコクの都心だと案外クロックは見かけない。タイ人が行く市場とか、そういうところに併設されてる店などで買うものだ。たぶん高くても数百バーツという感じだったはず。

画像5

画像6

 このサイズが標準だ。先の画像と上の画像は同じものだ。

 これでも結構重いので、足の上に落とそうものなら骨折間違いなし。だからなのかは知らないが、イサーン人の家庭ではこうやって床で調理することもしばしば。

画像7

 こうしてソムタムとか、マンゴーの青い実を叩いた料理とかを作る。ほかにも和えものとかも。タイ語でいうヤムとかそういったものでも使う場合がある。

 ちなみにというか、クロックでソムタム作りをしているのを見ていていつも思い出すのが、映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」だ。

 パート1の最後にドクが転移装置のエネルギー補充にゴミを入れる。あのとき、ドクは缶ビールかなにかを広い、ビールを注いだあとに缶を入れる。一緒に入れればいいじゃないという、あれはジョークのひとつらしい。

 ソムタム作りに欠かせないマナーウ(ライム)をタイ人は包丁で切り、絞る。そのあとにその絞りカスとなったマナーウの実をクロックに放り込んで、サークで叩く。最初から入れて叩けばいいのにと思ってしまう。まさに映画のあのシーンである。

画像8

 包丁は切る、剥く、削ぐといった使い方があるが、タイの場合、中華のように叩くということも多い。画像のようにココナッツの実は硬いから仕方がないとしても、カオ・カームー(豚足の煮込み)とかカオマンガイも、肉を切るというよりは叩いているように見えるし、最後に肉をペタっと潰す店が多い。

 そういう調理方法があるから、クロックとサークが独立して存在しているのかなと思う。日本でいうすり鉢なのかなと思っていたものの、タイ料理では「擂る」って調理方法がないのではないか。擂り潰す調理を今ぱっと思いつかないくらい、タイ料理では見かけないはず。

 たぶん、日本は食材ひとつひとつを大切に使うからなのかなと思うが、どうだろうか。

 というのは、クロックは大きいサイズで深くても、食材を叩けば破片が飛び散る。だから、タイ人も叩き始めるときは片方の手でクロックを押さえながら掌で蓋をしていたりする。

 自給自足が成り立っていて食べものに困らない地域だからこそ、飛び散るとか細かいことは気にしないってことで、すり鉢が登場しなかったのかなと思ったり。要するに、クロックとサークはタイ料理のために使われる独特の調理器具だ(ラオス料理でも見られるけど)。

画像9

 クロックとサークは先の大きさがちょうどいいとしたが、実際には小さいものもある。これはどちらかというと、調味料やタレを作るためにトウガラシやサムンプライ(香草)を砕くのに使う。

 見てきた中では木製とか陶器より、石でできているタイプが多い。こちらの方が使い方的には日本のすり鉢に近いのかな。そんな気がする。実際、ポクポク叩くというよりは、ゴリゴリやっているようなので。

画像10

 ネットで見ていると、日本のショッピングサイトでクロックとサークを売っている人がいる。画像の小さなタイプだってそこそこに重いから、見ていてよく持って帰るなあって思う。タイ料理店などは、タイ人従業員がタイから日本に来るときに持ってきてもらったりする。今はどうか知らないけど、20年くらい前はそうだった。

 ボクも1回、クロックとか皿とかを頼まれて持ってきたことがある。死ぬほど重くて、超過料金も当然かかった。けれど、全部払ってもらったし、バイト料も出たから、逆に助かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?