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投資家向けブログ:勝海舟の談話を考察し投資の道に潜む危険とその克服を考える。大儲けへの欲望に警鐘を鳴らす

こんにちは!個人投資家のTAKA Chanです。

投資の世界は、魅力的な利益の機会に満ち溢れています。
しかし、その裏には多くの危険と難しさが潜んでおり、時には大儲けへの欲望が正しい判断を曇らせることも少なくありません。

前回別の題材で取り上げましたがここでも勝海舟の教えを借りながら、
投資における恐れや困難、そして欲望に対する戒めについて考えてみましょう。

まずはこの談話をご覧ください。
言い回しが昔風で読みにくいのですが、現代訳も以降にありますのでよければ飛ばしてください。

昔、本所にきせん院という行者がいて、その頃流行した富くじの祈祷が当たるというので有名であった。
しかし越前の守の時代になり、富くじをやかましく取り締まったものだからはやらなくなった。
それからだんだん落ちぶれて、後には汚い長屋に住んでいた。

おれ(勝海舟)はその親父と親しかったからときどき野菜などを持っていってやった。

この行者は、肉食妻帯はおろか、間男なんかも平気なもんで太いところがあったが、落魄してからは体も気分も弱りこんでいた。
その男が「貴下はまだ若いがなかなか根気があるし末頼もしい、是非これから話す話をよく覚えて置きなさい。」と前置きして以下の話をしてくれた。

彼の祈祷があたらなくなった理由は二つあるというのだ。

⑴ある日、一人の婦人が富籤の祈祷を頼みにやってきた。ところがそれがなかなかの美人であったから、思わず煩悩にかられ、口説き落とし、それから祈祷をしてやった。それから4.5日すると、祈祷に効果がああって当籤をしたと礼にやってきた。

そこでまたまた口説きかけると、恐ろしい目でにらみつけ「亭主のある身で不義なことをしたのも、亭主に富籤をとらせた切なる心があったばかりだ。それをまたぞろ不義をしかけるなどとは、不届き千万な坊主め。」と叱られた。それがしみじみ身にこたえた。

⑵今ひとつは、ある日両国で大きなスッポンを買ってきた。
他に料理をする者がいないから、かのスッポン目が首をもちあげて、料理をしようとすると、大きな目玉をして私をにらんだ。
首を打ち落として料理にして食ったが、しかし何となく気にかかった…


この二つの事が始終私の気にかかっていて、祈祷もだんだん当たらなくなった。二つがたたるというわけではないが、自分の心に咎めるところがあると、鬼神と共に動くところの至誠が乏しくなってくるのです。

そこで人間は平成踏むところの筋道が大切です。

海舟は「豁然として悟るところがあり、爾来、今日に至るまでこの心得を失わなかった、全体おれがこの歳をしておりながら、心身ともにまだ壮健であるというのはというのは、畢竟自分の経験に顧みて、いささかなりと人間の筋道を踏み違えた覚えがなく、胸中に始終この強みがあるからだ。」としている。

氷川清話より引用

この話を現代風に訳すと、以下のように

昔、江戸の本所に「きせん院」という名前の修行者がいて、富くじ(宝くじ)の祈祷が当たるということで有名でした。

しかし、ある時期から富くじが厳しく取り締まられ、彼の仕事は次第に廃れていきました。
そして、ついにはボロボロの長屋に住むようになってしまったのです。
海舟はその人と親しかったので、時々野菜を持って行ってあげたりしていました。
その行者は、今では考えられないほど自由な生き方をしていて、肉を食べたり、妻帯したり、時には他人の妻と関係を持ったりすることも平気でした。しかし、落ちぶれてからは体も気持ちも弱ってしまい、元気をなくしていました。
ある時、その行者が海舟に「君はまだ若いけれども、根気があり将来有望だ。これから話すことをよく覚えておきなさい」と前置きして、彼の過去について話してくれました。

氷川清話の文面を現代風に訳したものです


祈祷が当たらなくなった理由二つ


  1. 一つ目の理由
    ある日、富くじに当たるよう祈祷してほしいと、ある美しい女性が彼のところにやってきました。彼はその女性に心を奪われ、誘惑してしまい、それから祈祷を行いました。数日後、その女性が祈祷のおかげで当選したと感謝しに来ました。再び彼はその女性を誘惑しようとしましたが、彼女は彼を鋭い目で睨み、「夫のために富くじを当てたい一心であなたに頼んだ。それなのに、また不義をしようとするなんて、不届きな坊主だ!」と激しく叱られました。彼はその言葉が深く心に響いたそうです。

  2. 二つ目の理由
    ある日、彼は大きなスッポン(亀)を買ってきました。自分で料理をしようとしたところ、スッポンが彼をじっと見つめました。彼はスッポンの首を切り落として料理して食べましたが、その目が何故か忘れられず、何か引っかかる気持ちが残りました。

この二つの出来事が彼の心に重くのしかかり、それ以降、祈祷が当たらなくなってしまったのです。
二つの出来事が直接祈祷に影響を与えたわけではありませんが、彼の心の中で「これは良くないことをした」という思いが強くなり、それが祈祷に必要な純粋な心を弱めたのです。

ここで彼は、「人間は、日々の生活で正しい道を踏み続けることが大切だ」と教えてくれました。

海舟この話を聞いて、心がすっきりし、以来この教えを忘れたことはありません。後年、歳を重ねても健康でいられるのは、この教えに従い、少しでも人間としての筋道を踏み外さないようにしてきたからだ、と感じています。

なるほど人の道を踏み外さない…深いです。

投資の恐れと難しさ

投資を始める際、多くの人が直面するのは「失敗への恐れ」です。
市場は常に変動し、予測不可能な出来事が起こるため、資金を失うリスクは避けられません。

勝海舟が経験したように、自らの行動が結果に直結する場面では、冷静な判断が求められます。
投資も同様に、感情に流されず、計画的かつ冷静に取り組むことが成功への鍵となります。

さらに、情報の過多や複雑さも投資の難しさを増しています。
正確な情報を収集し、分析する力が求められる一方で、誤った情報に惑わされる危険もあります。勝海舟が「人間の筋道を踏み違えない」ことを強調したように、投資家も自分の信念と戦略を持ち、それに忠実であることが重要です。

大儲けへの欲望とその危険性

大儲けを夢見るあまり、短期的な利益に目を奪われることは投資家にとって大きな罠です。
欲望が強すぎると、リスク管理を怠ったり、不正な手段に手を染めたりする可能性があります。勝海舟が行者とのエピソードで見せたように、道徳的な誠実さを欠く行動は、長期的な信頼や実績を損ねる結果となります。

また、欲望に駆られると、冷静な判断力が失われ、過剰なリスクを取ることにつながります。これは、最終的に資産を大きく減少させる原因となり得ます。投資においては、目先の利益よりも、持続可能な成長と安定性を追求する姿勢が求められます。

勝海舟の教えから学ぶ投資の心得

勝海舟は「心の筋道を踏み違えなかった」ことが、彼の心身の健全さと成功を支えたと述べています。これを投資に当てはめると、以下のような心得が重要です。

  1. 誠実さと倫理観を持つこと: 投資活動においても、誠実さを失わず、倫理的な判断を下すことが信頼を築きます。

  2. 冷静な判断力を養うこと: 市場の変動に惑わされず、長期的な視野で投資を行うことが成功への道です。

  3. 自己反省と学習を続けること: 失敗や困難に直面した際に、自分の行動を振り返り、学びを得る姿勢が成長を促します。

結論

投資は魅力的な利益を追求する一方で、多くの危険と困難が伴います。
勝海舟の教えを参考に、誠実さと冷静さを持ち続けることで、欲望に流されず、持続可能な投資を実現することが可能です。大儲けへの欲望に駆られることなく、堅実な戦略と倫理観を持って投資に取り組むことが、長期的な成功と安定をもたらすでしょう。
儲かれば良いのでしょうか?それも1面ですが、それだけが投資の世界とは思えません。

投資の道は決して平坦ではありませんが、心の筋道をしっかりと踏み、誠実に歩むことで、困難を乗り越え、真の成功を手にすることができるのです。


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