生活保護受給者より保護課の職員に気を使う、共産党の千葉市議 - 前編

あまりにも長くなりすぎて、疲れたので、とりあえず前編ということで、公開します。

アパートの件で、昨日色々あったけど、トラブルの大元は、私がこのアパートに入居することに関わった、共産党の前市議会議員です。

2010年当時、菅首相はリーマンショックで貧困層が拡大したことを受けて、もやいの共同創設者の湯浅誠氏を内閣府参与に任命して、困窮者支援対策を矢継ぎ早に出していました。

その中の一つに、「無料低額宿泊所を一時的な居所としている人達の、アパートへの転宅支援を積極的に行うよう」支持する厚労省の地方自治体への通達がありました。

自民党の国会議員が、「自民党が政権をとったら、真っ先に潰してやる」と言っていた通達です。

生活保護を受給し始めた2010年8月、業界最大手のSSSというNPO法人の運営する無料低額宿泊所に入居しました。

六畳の部屋をベニア板で間仕切りしただけの相部屋です。
その家賃は、当時の千葉市の家賃扶助の上限だった4万5千円でした。
政府の審議会の委員にSSSの代表がなっていましたが、立派なボッタクリ貧困ビジネスです。

相部屋の60代後半の老人男性は、寮のルールを守らないし、気に入らないことがあればすぐに怒鳴るような老人でした。
明かりや窓やエアコンが共有なので、当然トラブルは起きやすいです。

その老人は江戸川競艇場に毎週行っていたのですが、ある月、負け続けて残り3千円で1週間を過ごさないといけなくなったことがありました。

無料低額宿泊所に住んでいれば、3千円で1週間暮らすことは簡単なことです。
でもその老人はヘビースモーカーでした。
1日数本しかタバコを吸えなくなったことで、イライラが溜まっていたようでした。

そんなある日、消灯時間の10分前に「明かりを消せよ」と突然怒鳴り始めました。

なんとかなだめようとしたのですが、怒りはおさまらず、ついに「てめえ、ぶっ殺すぞ」と怒鳴り始めました。
それで部屋を出て、老人が眠るまで廊下に一時間ほど過ごしました。

それ以来、いつ殺されるか怖くて夜ほとんど眠ることができなくなりました。
相部屋なので、鍵をかけることはできないので、簡単に危害を与えることができます。

それで生まれて初めて精神科に行きました。
抗不安薬と睡眠薬を処方されたことで、3時間は眠れるようになりました。

それでも、眠っている時に殺される恐怖は当然なくなりません。

その後、県立図書館のインターネット端末で調べて、「転宅支援」の通達の存在を知りました。

今も有名な貧困層の支援をしてる人と、何度かメールのやり取りをして、「もし役所の担当者に断られたら、弁護士を紹介してくれる」ということになりました。

そこで、生活保護担当者に電話しました。
すると電話に出た担当者は、「そんなものは知らない。千葉市はずっと転宅費用の扶助はしていない。精神科で『引っ越さないと死ぬ』という診断書をもらったら出してやる」とチンピラ口調で言われました。

もちろん精神科医は「そんな診断書は出せない」と言いました。

そして「千葉市が昔から転宅費用を出してない」というのは嘘だということを、宿泊所の寮長に教えてもらいました。
数年前までは出してたけど、転宅費用を受け取ったら、そのままどこかへ行ってしまうというということが何度も続いたので、転宅費用を出さないことになった」という話でした。

2ヶ月前に出された通達を知らないとか、「昔から転宅費用を出していない」という簡単にバレるをついたりと、本当に最悪な担当者でした。

なので、転宅費用のことを相談してた人に、弁護士を紹介してもらうことにしました。
当時私は法テラスの弁護士に債務整理を依頼していました。
そのことを知ると、「転宅費用のことは、その弁護士にお願いしてください」と言われました。
でも法テラスに電話すると、「転宅費用の件は扱えない」と言われました。

転宅費用について相談した人は、今でもYahoo!ニュースやXで偉そうに貧困問題について語っているので、それを見るたびに「この嘘つきが😡」と心の中でつぶやきます。

で、途方に暮れてた時、年末に共産党が運営してた派遣村が目に入りました。
とりあえず、入ってみたら、すぐに当時の共産党の千葉市議と話すことができました。

で、すぐに区役所の保護課に行くことになりました。
これで転宅費用を出してもらえると喜んでいたら、ただアパートに引っ越す許可をもらっただけでした

つづく

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