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「君はそのしょうもない人生のうちで一度でも心の底から本気で誰かに向かって愛を叫んだことがあるか?」 #テレ東ドラマシナリオ

#テレ東ドラマシナリオ
テーマ「月がきれいですね 大麦こむぎ」

「君はそのしょうもない人生のうちで一度でも心の底から本気で誰かに向かって愛を叫んだことがあるか?」
作 重信臣聡

登場人物

佐古 司
山本
室田 直人

◯狭い事務所、雑居ビルの一室
 午後。室内は雑然としている。
 仕事用デスク、少し離れて応接用デスク、ソファがある。
 佐古は室内を歩きながら何かを考えている。
 山本はソファに寝そべってスマホをいじっている。

佐古「スカイダイビング!これ最強じゃない?」
山本「あー。確かに」
佐古「・・・」
山本「・・・」
佐古「ほら、他になんかある?」
山本「ジェットコースター?」
佐古「それはさっき出た」
山本「あー、じゃあ、もうないですね」
佐古「だろ」
山本「はいー。ないですねー」
佐古「やっぱりスカイダイビングが一番だよ」
山本「ですねー。最強ですね」
佐古「人生の中で安全に危険を求める、これが人類の偽らざる本音なのよ。安全な危険。これ!来るよ!」
山本「来ますねー」
佐古「来るよ」
山本「来ますかねー?」
佐古「絶対来るよ、俺は確信している」
山本「そういえば、今日クライアント来ますよね」
佐古「来るの?」
山本「来ますねー」
佐古「ホントに?」
山本「たぶん」
佐古「何時?」
山本「そこまで覚えてないですね」
佐古「契約書は?」
山本「昨日のうちに用意しました」
佐古「どこに?」
山本「机の上に置きました」
佐古「俺の?」
山本「いや、応接用の」
佐古「どこだろ」
山本「佐古さんの机、置き場ないし」
佐古「ないよ」
山本「ありますよ」
佐古「どこに?」
山本「うーん、佐古さん食べちゃいました?」
佐古「ふざけんなよ、食うわけねえだろ」
山本「ですよねー」
佐古「あ、コーヒー入れた時に」
山本「動かしました」
佐古「かもしれない」
山本「あー、よかった。解決」
佐古「たぶん給湯室の棚に入れた」

 佐古、給湯室へ。

山本「大事にしすぎて失くすパターンですね、なんか人間っぽい。佐古さん、最近板に付いてきてるんじゃないですか」
佐古「あー、俺もすっかり人間暮らしが染み付いちまったよ」
山本「もう半年ですか?」
佐古「俺たちホントに帰れるのかな」
山本「何言ってんですか、任期が終われば帰れますよ」
佐古「だよな」
山本「はい」
佐古「俺の勝ちだよな?」
山本「はい?」
佐古「さっきのスカイダイビング」
山本「ああ、まあ、ですかねー」
佐古「あとで500円入れといて」
山本「入れときます」
佐古「勝ちは勝ちだからな」
山本「ですよね」

 山本、応接テーブルの上を覗き込み、置いてあった10円を手に取り、応接テーブルの上の貯金箱に入れようとする。
 入り口ドアがゆっくりと開く。室田が室内を覗き込む。
 山本と室田、目が合う。

山本「・・・」
室田「・・・あのう」

 山本、ゆっくりと10円玉を机の上に置き、身体を起こす。

山本「はい」
室田「3時に約束していた室田なんですが」
山本「はい」
室田「3時になったので伺いました」
山本「先生ー、お客さんです、3時なのでいらっしゃいました・・・すぐ来ます」
室田「あ、はい、すみません、インターフォンとかなかったので、入ってきてしまって」
山本「コーヒーか何か持ってきます」
室田「あ、はい」
山本「座っててください」
室田「あ、ありがとうございます」

 山本、立ち上がり、給湯室へ行こうとする。
 室田、椅子に座り、室内に目をやる。

山本「すみません、散らかってて」
室田「あ、いえ、すみません」

 室田、しばし目を伏せる。
 山本、給湯室へ。
 室田、あたりをそれとなく見回す。

◯給湯室
 狭く、ドアもない給湯室。
 茶器類が流しに放置されている。
 佐古、山本は小声で。

山本「佐古さん、お客さん来てます」
佐古「来ちゃった?」
山本「ないんですか契約書」
佐古「あるんだけどさ、シミが付いちゃって」
山本「ああ、気になります?」
佐古「ちょっと」
山本「とにかく行ってください、なんとかしますから」
佐古「ごめんありがとう」

 佐古、契約書を山本に渡し、給湯室を出る。
 山本、契約書を眺める。

山本「どうやったらこんなにダイナミックにシミをつけられるんだよ」

 山本、コーヒーフレッシュを指につけ、シミに塗る。

山本「逆に目立つなー、だめだねこりゃ」

 山本、契約書を脇に置き、流しからきれい目なコーヒーカップを見繕う。

◯応接室

佐古「すみませんね、お待たせしちゃって」
室田「ああ、いえ、別に大丈夫です」
佐古「今、契約書持って来させますから」
室田「契約とかあまりしたことないので」
佐古「まあ、みなさんそうですよね」
室田「保険とかもよく読まずにやってて」
佐古「みなさんそうですよ」
室田「お手数おかけします」
佐古「お気になさらず、そういう仕事ですから」

 山本、トレイにコーヒーカップを2つ載せて来る。
 山本、応接テーブルにカップを置く。

山本「どうぞ」
室田「すみません」
佐古「契約書は?」

 山本、険しい顔をする。

佐古「いいから持ってきて」

 山本、トレイを持って給湯室へ。

室田「ちゃんと読んだ方がいいですよね、契約書」
佐古「まあ、ほどほどでいいですよ」
室田「そうですか」
佐古「ちゃんと説明しますから」
室田「ああ、安心です」

 山本、契約書を持って戻ってくる。
 山本、さりげなく契約書を机の上に置き、そそくさと給湯室へ。

佐古「ありがとう」
 佐古、契約書を受け取り、コーヒーフレッシュまみれになっていることに気がつく、が全ての抵抗を諦めて。

佐古「これが契約書です」
室田「・・・これが」
佐古「ただ下書きですから、正式なものはきちんとプリントしてお渡しします」
室田「そうですか」
佐古「それで、内容ですが」
室田「はい」
佐古「簡単にいうとあの時計で4時から24時間のあいだ、あなたの【す・き】という言葉を我々が預からせていただきます」
室田「預かるというのは?」
佐古「使えなくなるという認識で大丈夫です」
室田「はあ」
佐古「まあ、それは始まってしまえばすぐにわかると思います」
室田「そうですか」
佐古「なので、えー・・・」
室田「室田です」
佐古「ムロタさんは」
室田「タではなくダです。ムロダです」
佐古「失礼、ムロダさんは【す・き】をお預かりしているあいだに、他の誰かに【す・き】を渡してみて下さい」
室田「誰でもいいんですか?」
佐古「いいですよ」
室田「出来なかったらどうなりますか?」
佐古「いい質問ですね、どうなると思います?」
室田「わかりません」
佐古「素直でよろしい」
室田「でもちょっと怖いです」
佐古「心配しないでください、痛いことや怖いことやひどいことはそれほど起りません」
室田「それほど?」
佐古「冗談です」
室田「そうですか」
佐古「安心して下さい、ペナルティみたいなものはありません、まあ心理学の実験だと思ってもらえれば、それで大丈夫です」
室田「実験ですか」
佐古「ほら、あるでしょ、有名な、看守と囚人に分けて、ね」
室田「ああ」
佐古「例が良くなかったかな」
室田「なんとなくわかりました」
佐古「それじゃあ・・・」
室田「あの、もう一つ」
佐古「なんです?」
室田「ズルしたらどうなりますか?」
佐古「我々、ちゃんと見てるんで大丈夫です」
室田「そうですか」
佐古「ご理解いただけましたか?」
室田「はい、ざっくりとは」
佐古「じゃあ、サインしましょうか」
室田「あ、はい、ここでいいですか?」
佐古「どうぞ」

 佐古、ペンを室田に渡す。
 室田、ペンを手に取る。

室田「これ下書きに書いてしまっていいですか?」
佐古「いいですよ、乾いてますからこれを本チャンということにしましょう、効果は同じです」
室田「わかりました」

 室田直人、と署名する。

佐古「お疲れ様でした、これで契約手続きは完了です、期限は明日の16時まで、頑張って下さいね」

◯雑居ビルの階段
 室田が階段を降りていく。

つづく


劇作家。演劇、ミュージカル、オペラの台本作家です。