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持続可能な運営戦略、5年で約2億円のコスト削減 ーアカデミアにおける技術拡充とコストバランスー

 ここでは、大型共用施設における持続可能な運営の実現に関して記していこうと思います。私が行ってきた実例です。


持続可能な運営を目指して

 国内外の大学や企業の方々が最先端科学技術を駆使した研究を行う大型施設J-PARC 物質・生命科学実験施設(通称MLF、https://mlfinfo.jp/ja/)。そこに設置されたBL21 NOVAという中性子回折装置(図1)があり、現在私はその装置責任者を務めています。

図1 MLF BL21 NOVA概略図(https://mlfinfo.jp/ja/bl21/

 様々なサイエンスがここでは展開されていて、磁石材料や電池材料、超伝導体、水素貯蔵材料といった結晶系試料から、ガラスやイオン液体、電池電解液といった非晶質系試料まで、多岐にわたる世界レベルの研究が行われています。ここで重要なのが、”分野ごとに異なる実験条件のニーズにうまく応えられるか?”ということです。

 一台数千万円クラスの装置導入予算を毎年確保できることは、奇跡的に恵まれていないとまず不可であり、”持続可能な運営戦略”としてはそれ以上に「メンテ人材の人件費」と「費やす時間」に関してしっかり認識しておく必要があります。

持続可能な運営戦略のきっかけ

 取得データのS/Nを上げるため、ラジアルコリメータ(NOVARC、図2)という機器を設計する機会がありました。一方で、大型施設では共通機器という各ビームライン(BL)で利用可能な試料環境機器(SE機器)が整備されています。我々NOVAのBL設計上、共通機器がインストールできない仕様になっていたため、極低温実験や1000℃以上の高温実験では個別にSE機器を持つ必要があったわけです。
 これらの問題は、ラジアルコリメータ導入時にアタッチメントを設計することで共通機器が利用できることに気付き、それが功を奏したというわけです。

図2 ラジアルコリメータNOVARC [1]

 これを機に運営方針もピボットしていくこととしました。つまり、
1.BL専用SE機器は、自動制御型機器およびオリジナル機器(高圧水素ガスj実験機器など)とする
2.定期メンテは外注フローへ(ロボットや法令関連のみとなるため)
ということです。BLスタッフ各自が行っていた従来のメンテナンスは人に依存する部分が大きく、人の入れ替わりによって装置が塩漬けになる可能性が十分あったわけですが、専用機器を絞ることで人依存を低減化し、必要なSE機器は共通機器へシフトするという戦略です。これの大きなメリットは、維持・メンテ費用や人件費がBL自身にはかからないということです。

 まとめると以下のようになります。

億単位のコスト削減の実現

  では実際にどれくらいコスパがよかったのか?NOVAにおけるSE機器のガントチャートを下に示します。

図3 R&Dのガントチャート(ラジコリ=ラジアルコリメータ)

ラジアルコリメータのメリットは測りたい試料からのシグナル以外をカットする、つまりバックグラウンドを下げるという点です。冷凍機や高温炉といった極限環境機器は試料周りにいろんな構造体があります。中性子線はほとんど透過するため、試料だけでなく構造体からのシグナルも同時に測ることになります。シグナル強度から考えるとSE機器(バックグラウンド)は標準試料の3-5倍くらい大きくなることがあります。ラジアルコリメータを導入することでこれらを除去でき、構造体の多いSE機器を使っても高いS/Nでデータを得られることが最大のメリットです。
 下線部は共通機器(https://mlfinfo.jp/groups/se/ja/、*は他BL所有の共用装置)となっていて、ラジアルコリメータの導入後、年々ユーザー利用実験へ展開された実験環境が増えていることがわかるかと思います。

 内部リソースを活用する、これはメンテナンス問題や(実験サポートを含む)人手不足も同時に解消され、アカデミアの至上命題への1つのアプローチだと言えるでしょう。これによって”尖るところは尖る”(図3では偏極中性子システムが該当、詳細は割愛させて頂きますが世界中でここでしかできない手法を開発中)が可能となり、BL建設当時の方針から新しいステップ(黎明期)へ突入したこととなります。 

 一体いくらのコストダウンとなったのか?
1.BLにおけるR&Dにおいては、部材購入(in-houseで組み立て)でのコストダウン → 正規品の1/3程度に抑えられる)
2.汎用的な実験環境に関しては共通機器の利用へシフト
  →メンテナンスに関する人件費や時間のカット(1000万円/人・年程度の節約)
3.BL運営用サーバーをハードからクラウドへシフト(100万円/年の削減)

 5年で導入したSE機器やシステムを合わせると、約2億円のコストダウンとなっている。今後も実験環境の拡充を計画しており、BLとしてのコスト削減・低予算運営は継続していく予定です。

最後に

 これらは一重に、施設内連携(内部コネクション)によるもので、いろんな方々とネゴシエーションすることで実現しました。我々大型施設でも隣が何をしているかの情報共有が希薄であり、大学でも隣の研究室で何が困っているかは認識できていないのが現状です。
 私自身は井戸端会議から始まり、議論・ネゴシエーションを踏まえて連携へ繋げてきたわけですが、最初の一手はやはり対面でのちょっとした会話から始まるのはいつの時代も変わらないことなのかなと思うところです。

[1] M. Tsunoda, T. Honda et al., Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res. A 1055, 168484 (2023).


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