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【常夏】

僕は今、物価の安い国の、常夏の島の人気の少ないビーチに来ている。目の前には非の打ち所がない海が広がり、穏やかな風が心と身体を吹き抜けていく。すでにこのビーチには3時間ほどいるが、ここに一生居ればこの夏は永遠のものになるような錯覚を覚える。もちろんそんな訳はなく、今僕は大学3回生の夏休みを利用してこの島に渡り、帰りのフェリーが来るまでの時間潰しにこのビーチにいるだけで、あと2時間もしないうちにこのビーチからは立ち去らなければならないのだが、不思議と心は一生この常夏に立ち止まろうとしている。実際この島に住んでいる人たちは常夏を過ごしているのかもしれないし、僕以外の旅行者も常夏を求めてこの島に来たのかもしれない。だがふと思った。もし本当にこのままここに一生いることができて、本当に常夏をえれたらそれは恐ろしいことなのではないか。ありきたりだが物事には終わりがあるから今に価値がある。もしこのまま終わりなくここに留まり続ければ、僕は齢21歳にして残りの人生を余暇として過ごすことになってしまう。そうなった途端僕のこれからの人生は非常に無価値なものになるように思えてくる。誰しも小学生の頃、夏休み序盤は「夏休みがずっと続けばいいのに」と考えると思うが、夏休み終盤になると「早く学校で友達と会いたい」と思ったという経験があると思う。学校という日常があるから夏休みという非日常が楽しく、夏休みという非日常があるから学校という日常が恋しくなるのだと思う。もちろん夏休みは季節の移ろいによって強制的に終了し、新学期が始まるからよいが、常夏となると話が変わってくる。自分さえ動かなければ夏はどこにも行かずに永遠を与えてくれるのだから。そう考えるとこの島に住み着いた人は常夏をえたのではなく常夏に囚われてしまったのではないかと思えてくる。恐らく僕はこの文章を書くことで常夏の魔力から逃れようとしている。稚拙だが文章を書いて足掻き、自身を客観視しないと、この常夏から逃れられない気がしているからだ。もうそろそろフェリーの出航時間なのでこのビーチから去らなければならない。そう思い僕の身体はこの常夏を後にした。

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