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6.「日課」

私には大切にしている日課が幾つかありますが、今日はその一つをご紹介します。それは便所掃除です。

我が家は4人家族で便所は一つ。唯一の座を巡って朝や夕方には激しいバトルが繰り広げられます。勝者が用を足すそのドア越しに、敗者が咆哮を上げて地団駄を踏みます。その有り様は酷いもので、さっきまで顔が映る程に綺麗だった便器は、一瞬であられもない姿に身をやつしてしまいます。哀れに佇む便器の姿を見て私は、いつしか、気の向くままに便器を掃除することが日課になってしまいました。

私の便所掃除は刹那の仕業です。その始まりから終わりまで、全ての一挙手一投足に無駄の無い動きと、チリやゴミを見逃さない、シビアな選球眼が求められます。洗面所のある場所には私専用の雑巾が掛けられており、これにトイレマジックリンを数回、吹きかける所から作業は始まります。
まずは床を、続いて壁を、隙間なく決められた順序で拭いて参ります。壁は予め施工の際に掃除が行き届くようにと、腰丈までタイル地の白い壁紙が選ばれており、洗剤の馴染んだ雑巾でサッと一拭きすれば、あらゆるシミは綺麗に拭うことができます。
続いて本丸に向かいます。まずは便器の外周をしっかりと拭いて参ります。特にここは重要で、見えないところや変わった形状の裏の部分にもしっかりと行き届くよう、細心の注意を払って丁寧に拭き上げます。そして、便器の蓋、これは汚物が飛び散ると目立ち易い部位ですので要注意です。一点の曇りなきよう、丁寧に拭き取って参ります。ここまででおよそ3分です。
続いていよいよ、便座です。これは関ヶ原の合戦場でいえば正に天下分け目、小早川秀秋が着陣する小高い丘、といったところでしょうか。こびり付いた頑固な汚物を隅々まで見逃さぬよう、丁寧且つしっかりと最後まで拭き取らなければなりません。
さあここまで来れば後ひと息。最後はいよいよ本丸の、便器の内周でございます。内周は聳え立つ内壁を如何に曇りなく磨き上げるか、これが全てです。内壁の透明度で、その日の家族みんなの便通の良し悪しが決まる、といっても過言ではございません。
ここで獲物を雑巾から、伝家の宝刀、ブラシに持ち替えます。満遍なく洗剤を吹きつけ、時計回りに丁寧に磨け上げて参ります。両手の手首を如何にフレキシブルに駆使し、縦横無尽に毛先を舞わし切れるか、ブラッシングは、最も技倆が問われる所作でもあります。
ピカピカの便器に姿を映しつつ、最後にゼリー状の液体洗剤を便器の内周に反時計回りで這わせ、蓋をすれば、その日の作業は終了です。ここまで5分。このトイレを最初に使うのは一体誰なのかと思いを馳せつつ、やり切った爽快感から、身も心もスッキリする瞬間です。

如何でしたでしょうか?日常の所作を楽しみにかえることができれば、この世から戦争などなくなってしまうのではないかと思う今日この頃です。それではみなさま、今日も良き日をお迎えくださいませ。ナムー

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