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国士舘高校三年生秋編

文化祭では柔道部総出で餅作りを売ります。
釜で米を炊く係、餅をつく係、切り分け味付け係、販売係などなど様々な仕事があり、中高6学年で協力して行います。
中学一年生から高校三年生までみんなで役割分担するため、誰も文化祭を楽しむ事はできません。笑
そんな中、女装コンテストや歌コンだったりでこっそり抜けて行く高校生に監督はいつも怒っていました。笑
田嶋も女装コンテストに出場したことがあり、だいぶキモかったです。
失敗したブルゾンちえみの様でした。笑
文化祭は餅で何もできないため、その売上を使ったBBQをするのが恒例行事。
父兄の皆様も参加で、みんなで野球やサッカーをして、父母が焼いてくれた肉を食べて、と楽しいひと時。
中高、親子関係なく入り乱れて遊ぶこの行事は今思えば素敵な行事だったなぁ、と思います。

高校生チャンピオンだと講道館杯の出場枠をもらえた。
地元千葉県での開催のため、道場の子供たちや保護者の皆様が応援に来てくれた。
アイドルの追っかけみたいにうちわなど作ってもらい声援をもらったが、一回戦敗退だった。
シニアの壁を厚く感じた。そしてここで大学の目標が定まった。
『講道館杯で結果を出す』
団体メンバーを目指し、個人日本一を達成し、じゃあ次はジュニアですとか学生日本一とか、世界でって頭はなく、目標を見つけられなかった自分にとって、嬉しい大きな変化だった。

筑波大柔道部には、推薦試験前に
『勉強合宿』なるものがあった。
約1週間先輩の家に泊まり、昼間は小論文の勉強、夕方の練習に参加、練習後に面接の練習、最終日は試験本番。
と一年生の先輩方にお世話になりる。
定番のジョークが
『普通に落ちるよ?』
と脅されること。笑
入学前同級生のLINEグループの名前は「受かったら筑波」だった。
もし誰か落ちたらそのグループどうしてたんだろうか。。。

試験結果はもちろん合格。
筑波大学への道が開けた。
卒業前、よく後輩とトレーニングしたり、技術を伝えたりした。
年末の松尾杯にも受けとして帯同させてもらったりと、色んなことに取り組んだ。
大学の方にもちょくちょく出稽古に参加した。
大学入学まであっという間の日々を過ごしている頃、母は部屋を探し始めた。
筑波大柔道部には寮がない。
学生寮はあったが、すごく狭くて洗濯機はコイン、シャワーもコイン、物干しの場所がないなど、個人的に嫌だった。
しかし父は一年生の内は苦労しろとか、一年生の間我慢すれば二年生からいい部屋にしてやるとか謎な事を言っていた。母は学生寮を見た事はないが、説明を理解してくれて父を説得してくれた。
一人暮らしにもワクワクしながら、年を越した。

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