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The water is wide.

また一年が過ぎ去っていく。

今年はまた、1人の拉致被害者のご家族が
鬼籍に入られることとなってしまった・・・。

幼い子供を残して北朝鮮に拉致された田口八重子さん

12月18日、この田口八重子さんのお兄さんであり
拉致被害者の家族会代表を14年も務められた
飯塚繁雄さん(83歳)がご逝去された。

また一人・・・拉致被害者のご家族が亡くなられてしまった。

そのお気持ちを察するに、如何に無念であったかと思う・・・。

飯塚さんがお亡くなりになったことで
拉致被害者の家族会の代表は、横田めぐみさんのご兄妹である
横田拓也さんが引き継がれることとなった。

拉致被害者のご家族は年を重ねるごとに
体はどんどん老いていってしまう。
いつになったら、北朝鮮に拉致された愛する家族と会うことができるのか・・・。

拉致被害者の親御さんの世代は
とうに我慢の限界を超えているに違いない・・・。


■□■□■

今年の8月、横田めぐみさんの写真展が催された。
展示されたのは、逝去された横田滋さんの撮影された写真の数々だったのだが
めぐみさんの母である横田早紀江さんは
その場の記者会見でこの様なことを仰っていた。

「どの写真をみても、その時の様子がくっきり浮かび上がる」

その言葉に触れて、ふと
脳裏に思い浮かびあがってきた詩があった。

それは、弘法大使空海が、唐の青龍寺から日本へ帰国する際
青竜寺で仲の良かった義操という僧に送った七言絶句の漢詩だ。

同法同門 喜遇深し
  ドウホウドウモン キグウ フカシ
空に随う 白霧忽ちに岑に帰る
  クウニシタガウ ハクムタチマチニ ミネニカエル
一生一別 再び見え難し
  イッショウイチベツ フタタビマミエガタシ
夢に非ず 思中に数数尋ねん
  ユメニアラズ シチュウニ シバシバタズネン

[訳語]
あなたと同じ仏門でお会いできた事を私はとても嬉しく思います。
空に浮かぶ白い霧が峰へと帰っていく様に
これがあなたと私の一生で一度の別れとなり
もう再びお会いする事はできないでしょう。
(これからは)夢ではなく、思い出の中に何度もあなたをお尋ねいたします。

弘法大使空海

私がこの詩の中で特に美しいと感じるのが
「空に随う 白霧忽ちに岑に帰る」という一節だ。

プリンセスプリンセスの「M」という名曲の中にも
「星が森へ帰るように」という、とても美しい一節があるけれど
その表現とも重なるところがあるかもしれない。

因みに、空海はこういった表現を別のところでも使っている。

空海は官吏学の大学を退学するにあたって
「三教指帰」という戯曲形式の論文を書いているが
その中にも

「誰か能く風を繋がん」

という表現が出てきている。

直訳すると「誰が吹く風を繋ぎとめることが出来るだろうか」
という事になるのだが
そこには「吹く風を繋ぎ止めることができないように
私が仏門へ出家しようとする志を、誰も引き止める事はできない」
という反語表現としての意味が含まれている。

空海は全く稀有なことに、唐で密教の全体系を修得する事に成功したが
彼にはそれを日本へ持ち帰って全国へ流布するという
途方もなく大きな使命があった・・・。

司馬遼太郎著の「空海の風景」の中には
このような一節がある。

「彼に、密教宣布という意識がもしなければ
あるいは彼は、生涯帰らなかったかもしれない」

司馬遼太郎「空海の風景」

当時、文化の中心だった唐を去らねばならない事を
空海は惜しんだに違いない。

この現代であるならば
日本と中国の間を行き来することなど容易い。
LCCでひとっ飛びすればいいだけだ。
二国を分ける広大な日本海がどれほど荒れようと、全く関係がない。

けれども空海が生きていた当時は、日本と唐の間を行き来するには
あまりに広大な日本海を船で渡るしかなかった。
海が荒れれば転覆して命を失うかもしれず
無事に日本に帰れたとしても、再び命をかけて中国へ戻るという事は
全く現実的なことではない・・・。

峰へと帰っていく白霧に縄をくくりつけて
無理やり引き戻すことなどできない・・・。


森へ向かって天球の道を旅する星々を
逆戻りさせることなどできない・・・。


そしてまた、吹く風を繋ぎ止めて
その行手を阻むことも、誰にもできないのだ・・・。



横田めぐみさんは、通っていた学校からの帰り道に
北朝鮮による凶悪な国家犯罪に巻き込まれてしまった。

母親である早紀江さんは
取り返しに行けるものであるなら
自らが北朝鮮へ、我が娘を奪還しに行きたいくらいの気持ちだろう。

けれどもそれは
一個人の力で解決できるような問題では決してあり得ない。
そこにはあまりに大きな力が作用しており
拉致被害者のご家族だけでなんとかできるものではない・・・。

拉致被害者やそのご家族が抱えておられるであろう無力感やもどかしさが
当時、どうしても唐を離れなければならず
共に学んだ仲間との生涯の別れを覚悟しなければならなかった
空海の心境と重なるように思える。


「一生一別、再び見え難し」


この一節に、胸が締め付けられる思いだ・・・。

拉致被害者のご家族にとっては、絶対にそうなってはならない。
ご家族がご健在である間に拉致被害者を奪還し
必ず、会わせて上げなければならない。

けれども事実として
既にご逝去された横田滋さんや、有本恵子さんの母である有本嘉代子さん
そして、飯塚繁夫さんにとっては
正に、「一生一別」となってしまった・・・。

まったくやりきれない・・・。

「夢に非ず 思中に数数尋ねん」


横田早紀江さんが仰った
「どの写真をみても、その時の様子がくっきり浮かび上がる」
という言葉に触れて、空海のこの一節が思い浮かんだ。

早紀江さんは毎日毎日
そして何度も何度も
思い出の中のめぐみさんと対話し
その心の中に、当時の記憶を反芻し続けてこられたのだろう・・・。

それがどれほど辛いことであることか・・・。

結局、今年一年も、拉致問題に関しては何の成果も得られなかった。

岸田総理大臣は、この拉致問題を内閣の「最重要課題」と位置付けている。

それであれば、それ相応の対応をすべきだ。
もはや、ただ手を拱いて待っている程の時間的余裕はない。

来年こそ、必ずこの問題が解決されなければならない。

そうなってくれることを
切に願わずにはいられない・・・。

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