ショートショート「おにいのーと」
年の離れた妹。
お絵かきに夢中だったのが、つい昨日のことのようだ。
保育園でクレヨンに出会ってからというもの、画用紙いっぱいの絵を毎日何枚も持ち帰ってきた。
「おにい、きらきらの絵、かいたよ!」
「おにい、ままとぱぱ、かいたよ!」
「おにい、ももたろう、かいたよ!」
目を輝かせながら、僕に見せてくる。
我が家は貧乏で、クレヨンや画用紙なんて買ってやれないから、楽しくて仕方なかったのだろう。
僕は妹にノートをプレゼントした。
授業で使う予定の大学ノートだったが、らくがき帳にしてもらおう。
他に何冊か持っているし、一冊分け与えてもバチは当たるまい。
「おにいのノートやるから、大切にするんだぞ」
「おにい、ありがとう!」
妹は満面の笑みで、表紙に「おにのおと」と書いた。
「おにいノート」が正解だけれど、かわいらしい間違いだ。
以来、それは妹の宝物になったらしく、なかなか使うことができなかったようだ。
僕がクレヨンやペンを一緒に渡せなかったからかもしれないが。
そんな思い出が、つい昨日のことのようだ。
今しがた、彼女の部屋から「おにのおと」を見つけた。
まだ持っていたんだな。
しばらく見ていなかったが、あれから使ったのだろうか。
開いてみて、どきりとした。
そこに描かれていたのは、
泣き叫ぶ鬼と、社会と自分への恨みつらみ。
妹は変わらず優しい子だった。
鬼に変貌してしまったのは、僕のほうだ。
そして「おにのおと」は「鬼ノート」になってしまったらしい。
僕は目に涙を浮かべ、静かに決心した。
来週、バイト探そ。
(おわり)
※このショートショートは #ショートショートnote を活用し執筆しました。(執筆時間:約30分)
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