ショートショート『売らない女』
はあ……疲れた。
終電を待つホームで、背後から声をかけられた。
「お兄さん、ストレス、溜めてるね?」
ヤベ、独り言漏れてたか?
振り返ると、女性が俺を見ていた。
「顔の色に出ています。休んだほうがいいよ」
自分では意識していなかったが、顔色が悪いらしい。
「お悩みがありますね?」
ぐいぐいと質問してくる女は、カタコトだった。
もしかして、そういう店のキャッチ?
疲れてるところに付け込まれるパターン?
休むってそういう隠語か?
「すみません。そういうの、大丈夫なんで」
「大丈夫じゃない。疲れてる。顔の色、表情、声でわかります」
「でも、今そういう気分じゃないし」
「悩みなら、ワタシ、聞くよ?」
「お金もないし、もうすぐ終電だし」
「時間はかかりません。お金もいらない」
なんで……?
「あとで何か売りつけられるでしょ」
「売らない。タダ。録音しとく?」
「別にいいよ」
まあいいや。どうせあと数分だ。
「何に悩んでた?」
「メシ屋のバイトで、ちょっとイラついてたっていうか」
「わかる。遅くまでお疲れさま」
「ありがと。店長に怒鳴られてさ」
「なんて言われたの?」
「もっと考えて動けとか、テメエはロボットかよ、って」
「接客は、言葉遣い、優しさ、大事だよね」
「アイツが一番、マニュアル至上主義でロボット人間のクセに」
「あなたは、きっと思いやりがある。仕事押し付けられるタイプ?」
「そう、今日もアイツの代わりに〆作業」
「あなたはココロの中、ちゃんと考えてる人だと思う。
言葉にするの、苦手だと思うけど、もっと主張していい」
……。
彼女のカタコトでも優しい言葉に、思わずジーンとしてしまう。
返す言葉に迷っていると、電車が来た。
「LINE交換する?会話、送ることもできるよ。シェアも――」
「あー、でも……また今度会ったら。ありがとな!」
「こちらこそ、アリガトウ」
彼女のカタコトを聞きながら、終電に駆け込んだ。
ほんのり身体が熱い。
店長の心無い罵倒にやられた日だけど、見知らぬ人の温かさに救われることもあるんだな。
彼女とLINEを交換して、もう少し話していればよかったかもしれない。
その日以来、彼女と会うことはなかったのだけれど。
一か月後。
俺は彼女の正体を、ネットニュースで知った。
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