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世界は、音にまみれている。 大通りを走る救急車。 地下鉄の中の会話。 アナログ時計の秒針。 鳴り止まない雨の音。 スマートフォン、SNS。 動画の中で知らない人が笑っている。 しばらく会っていない友達は幸せらしい。 誰もがどこかで耳にしたような言葉をしゃべっている。 何も聞きたくなかった。 何も見たくなかった。 何も考えたくなかった。 耳を塞いだって、目隠しをしたって。 世界の雑音は消えない。 身体のあちこちから、穴の空いた心の隙間から、 否応なしに入ってくる。
深夜2時。翔平は部屋で煙草を吸っていた。 秋めいてきたこの時期、窓を開け放しにすると寒い。 けれど、煙草の臭いを翌朝に残したくなかったし、なにより、翔平はこの寒さや冷たさが好きだった。 ――ああ、また秋になったのか。 この寒さと冷たさに、季節の一巡を実感する。 この部屋に引っ越して、もう何年になるだろうか。 越してきたころも、同じような秋だった。 当時はこの寒さに心細さも感じたものだが、今となってはむしろ風物詩だ。 ああ、また一年経ったのだな、と。 ――今年、契約更新