大企業・経団連・富裕層を抑え込まないと、社会は滅びる。

三略 より



豪傑が要職につけば、豪傑の力が強まり国威は弱まります。生殺与奪の権力を豪傑が握れば、国威は無くなります。豪傑の力を低く抑えれば、國は長らえることが出来ます。生殺与奪の権力を君主が握るなら、国は安泰です。

国中の民の暮らしが行き詰まれば、国は空っぽになり、国民の暮らしが豊かになれば、国も安泰です。

ここでいう豪傑は、豪族を指す。

いまの社会で言う「富裕層」「大企業」とかです。

それが好き放題に社会を差配するようになると、必然に滅びます。


今の民主主義では、「金持ちの横暴」を防ぐ手段は、ほぼありません。

ましてや「能力主義」&信仰なり哲学の不在です。

 こうした低い価値観に踊らされて努力し成功を収めたとしても、“能力主義的な競争に勝った人たちは、負けた6割~8割の人を馬鹿にする(30分)”ようになると伊藤貫氏は話しています。

能力がある成功した「人間のカスで下種」。

それが今の集団的西側の「富裕層・セレブ」なのですからね。

天皇制など最悪。なんせ指導者になれば一切責任とらないからね。

しかし、天皇も皇族も誰一人自決していません。
モーリス パンゲのように、敗戦によっておのが過ちとおごりに
気づいた者はいません。
いたかもしれないが、責任はとっていません。
高貴とは責任を逃れぬ者にある、高貴とはおのが引き受けるべき
重荷を決して重すぎるとは言わぬ者にある。
責任をとったのは、陸軍大臣、中佐、少佐などの階級の人ばかり。
政治家もそうですね、責任を取るのは秘書などの使われている者ばかり。
一番の長は責任をとらない、、、、
一番の長が責任をとらないことによって、その後の日本が歪んで行くんです。



その欠陥をみて、改善していくか、

プーチンや下手したらスターリンや毛沢東ような人間を召喚して、金持ちを削減・なんなら皆殺しする必要があります。

戦後日本は、欠陥も多かった。。。でもバブル崩壊までは「金持ちの抑制」が旨いこと行っていたのは、評価すべきなのでしょう。
裕仁を殺し損ねましたが。


あの「敗戦」を契機に、自力で裕仁帝を馘首し、明仁帝を誕生させることができていたら、自己効力感、自尊感情と責任感が生まれ、真の意味で、日本人を「国民 nation」にしていた可能性が高い、と思います。そしてこれが、近代国家における、統治の正当性の源泉です。

・・・・・中略・・・・・

昭和天皇は、とにかく戦犯として訴追され、裁判に引っ張り出されること(死刑判決?)を非常に恐れていたようです。そのため、会談でマッカーサーに自分を売り込んだ。マッカーサーは、それなら間接統治上、メリットがある、と判断して、米本国政府を説得し、免訴を勝ち取った。それでも、皇族からでさえ、退位論が出てくることを抑えることができなかった。自己弁明としては、「自分が退位するのは簡単だ。それでは責任をとったことにならない。いまのこの地位にいて日本のために尽くし、責任を全うしたい。」という理屈でした。
しかし、これを認めちゃったら、どんな組織のトップでも、責任をとらなくていいことになっちゃう。

サッカーワールドカップで、日本代表チームがグループ予選リーグで敗退して、代表監督がその敗戦の記者会見で、「責任を取って監督を続け、次のWCまでにチームを強くしたい。」なんて言ったら、誰も許しませんよね。その敗戦を弁護する人だって、辞めずに続けさせろ、なんて口が裂けても言えません。

昭和天皇のそんな曲芸のような論理がまかり通ったのは、当時の事実上の主権者マッカーサーの容喙、つまり、裕仁帝が "MacArthur's pet"として《身売り》したこと、旧帝国のパワーエリート大多数が保身でそれに乗ったこと、が大きかった。



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