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「荘子好き」なので、これ大好きですは。
「自然(じねん)」は「自然環境」だけでなく、人や無機物をも含む万物の「おのづから」なあり方を示す言葉。老荘の「無為自然」の「自然」はその意味。日本の伝統的な学問技術芸道は、極力、事物の自然な(おのづからな)あり方に沿おうとする。「意志を強制し万物を操る」西洋魔術の思考とは対照的。
— 菊池 (@kikuchi_8) January 1, 2023
ちなみに、「老荘」というが、老子と荘子には違いがみられる。老子がどちらかというと存在論的なのに対して、荘子は認識論的である。例えば、荘子の斉物論篇。ここにグノーシス主義のような二元論が生成される認識のプロセス(人間の概念的思考が動き出す過程)を記したとしか思えない記述が存在する。
— 菊池 (@kikuchi_8) January 1, 2023
引用:以て未だ始めより物有らずと為す者有り。至れり尽くせり。以て加うべからず。其の次は以て物有りと為す、しかも未だ始めより封ずること有らざるなり。其の次は以て封ずる有りと為す、しかも未だ始めより是非すること有らざるなり。是非の彰わるる(あらわるる)や、道のそこなわるる所以なり。
— 菊池 (@kikuchi_8) January 1, 2023
引用文は人間の概念的思考が働き出す過程を記したものと解釈する。思考分別が起動し、価値判断が加わってく過程である。➀「未だ始めより物有らずと為す」➁「以て物有りと為す、しかも未だ始めより封ずること有らざるなり」➂「以て封ずる有りと為す、しかも未だ始めより是非すること有らざるなり」
— 菊池 (@kikuchi_8) January 1, 2023
④「是非の彰わるる(あらわるる)」➀は「物あらず」即ち言葉による事物の対象化が起きていない状態。➁「物有りと為す、しかも未だ始めより封ずること有らざる」。事物は対象化されたが、個々の事物に分節化されていない状態。➂「封ずる有りと為す」。事物が分節化されたが価値判断は加えていない。
— 菊池 (@kikuchi_8) January 1, 2023
④「是非の彰わるる」。事物を「あれ」「これ」と分節した上で、それらに是非の価値判断を加えた状態。荘子はここに至って「道がそこなわるる所以なり」とする。グノーシス主義は「霊(善)と肉(悪)」という二元相対即ち④「是非の彰わるる」所に依拠する。荘子的には道が損なわれた思想と言えよう。
— 菊池 (@kikuchi_8) January 1, 2023
いいですよね。
グノーシス主義は「霊(善)と肉(悪)」という二元相対即ち④「是非の彰わるる」所に依拠する。荘子的には道が損なわれた思想と言えよう。
二元論は、仮に過ぎないのでね・・
荘子は面白いですは。
お読みくださりありがとうございます。
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