見出し画像

vox

クリスティーナ・ダルチャー著、「声の物語」(早川書房)を読んだ。この小説の原題は"vox"。この単語は声という意味のラテン語で英語圏では馴染みがありすぐに意味が理解できる単語らしい。本書の表紙ももちろん素晴らしいのだが、原書の表紙は女の人の横顔の口の部分にvoxと印刷されたxの部分が重なるようになっているみたいだ。とても素晴らしい表紙だと思う。

ここからはネタバレ込々!

あらすじは現代のアメリカで女性が言葉を奪われた世界についてのお話。

最初は読んでいて女性蔑視の言動をするキャラクターやシーンが描かれていて結構イライラする展開が続いた。キーキーうるさい女は黙らせて、外で仕事はさせずに家の中に閉じ込めて家事をさせる。女は男のもの。普通に胸糞悪いがもし作者が女性でなかったら世間の反応はどうなっていたのだろうと思う。作品と作者の考えは一致しないとわかってはいても現代の世界では男性はまだこういった小説を発表することは難しいのだろうなと思う。

主人公の女性は言語学者で、物語上、脳の特定の場所を損傷して言葉をうまく話せない人達を治す薬を開発することになる。そして作中ではその薬や開発途中でわかった知識を利用して逆に正常に言葉を話せる人間の脳を攻撃して論理的に言葉を話せないようにさせる生物兵器を開発しようとする人達も現れる。確かになるほどと思った。何かを治すことができるならば、逆にその何かにさせることもできるかもしれないということだ。現実の世界でも何かをなおしてくれる薬はたくさん存在するが、逆に人を何かの病気にすることが出来る兵器も開発することが実際出来るのかもしれない。この作品の中ではその生物兵器を水に溶かして水道官に秘密で流せば国民をすべてアホにしようという陰謀を主人公たちが阻止する。もし現実でこんなことをされたらたまったものじゃない、どこかの国も簡単に墜とすことが出来るかもしれない。

読んでいてちょっとツッコミたくなるところも出てくる。まず先述したとおりこの小説の世界は現代のアメリカで女性が言葉を奪われた世界なのだが、この世界が新しい大統領になってたった一年で完成されたことがわかる。この構図は現在のアメリカの大衆のポピュリズムの問題を反映したかったというのはわからなくはないがさすがに無理じゃないだろうか。そもそもどうしてそんなことになるのか、説明らしいものもあった気がするがいまいち腑に落ちなかった。そして主人公にも少々理解が難しい側面がある。主人公は結婚していて子供がいるにもかかわらず不倫していて、その不倫相手と子供を授かる。最終的には夫はアメリカを乗っ取った悪人たちを始末するために犠牲になる。そして主人公は不倫相手と結ばれ子供たちにも何の問題もなく話は終わる。単純すぎるし都合が良すぎないか。あと主人公には男の子三人にと女の子一人の子供がいて、もちろん物語の設定の性質上一人の女の子にスポットライトが当たりやすいのはわかるのだが、他の男の子への対応が味気なさすぎる気がする。特に三人中二人の男の子たちへはほとんど言及されない。なんのためにその二人を登場させたのか私にはわからなかった。などなど。

色々と言いたいところもあるにはあるけれど、そういうところ全部思いっきり無視すれば面白いエンタメ小説だとは思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?