書評「変半身」村田紗耶香【SF PROTO 03】

村田紗耶香「変半身」『変半身』所収、ちくま文庫、2019年。

村田紗耶香の「変半身」(かわりみ)は、劇作家・松井周とのコラボレーション作品である。二人は3年におよぶ準備期間のなかで、架空の孤島を舞台にした作品世界を創案。「inseparable」と題したプロジェクトを立ち上げ、それぞれ村田は小説版を、松井は舞台版を発表した。

ちなみに舞台版「変半身」は、2019年の11月29日から12月22日にかけて、東京芸術劇場ほかで上演されている。

芥川賞作家の村田紗耶香と、岸田賞作家の松井周――考えてみれば、これほどまでに親和性の高い共作も珍しい。今回のプロジェクトは歴史的必然であったような、そんな気さえしてくる。

腑に落ちる理由は言うまでもなく、二人がともに「変態」の作家であるからだ。

AbnormalとTransform

村田紗耶香の描く「変態」は、どちらかといえばabnormalの意味に解される。たとえば『消滅世界』(2015年)では、男女間からセックスが失われ、人工授精によって子どもを産む未来が登場した。その世界では性的なものの一切が嫌悪されており、男たちは街中に設置された電話ボックス型の部屋で「埒を明かす」のである。

そこでは、もはや耽美主義的な性(たとえば谷崎潤一郎)など存在しない。あるいはまた、消費社会的な性(たとえば村上龍)も存在しない。セックスは無機的に限りなく分解され、文字通り「消滅」したのである。

こうした村田作品の変態性は、2018年の『地球星人』で極致に達した。この物語の主人公もまた性を嫌悪し、セックスを「地球星人」が作り上げた仕組みに過ぎないと考えている。性を相対化しようとする村田作品は、ここにきて巨視的な目線を獲得したといえるだろう。

かたや松井周の描く「変態」は、transformの意味を多分に含んでいる。松井が主宰を務めた劇団「サンプル」(現在は活動休止中)は、公演ごとにゲストの役者を迎えて変化を続けた。作品の主題においても、遺伝子操作を扱った『ファーム』(2014年)など、他者や異物へ「変容」する光景が頻出していたように思う。

両作家の変態性について確認したところで、本作「変半身」の話に移ろう。

孤島で行われる秘祭

物語は主人公の陸と同級生2人によって展開される。彼女が生まれた千久代島には「ポーポー様」なる土着神の伝説があり、島のいたるところに奇妙な風習が残っていた。

風習のなかでも特に異質であるのが、「モドリ」と呼ばれる秘祭の存在だ。十四歳を迎えた島の子どもは、モドリへの参加を許される。そこで島民たちは一人の生贄を取り囲み、暴力と性の交錯する、およそ現代日本とは思えないような痴態に興じるのである。

モドリを間近に控えた陸は怯え、島を逃げ出すことを夢見ていた。彼女の心残りは、ひそかに恋焦がれていた級友・高木くんの存在である。

一方、友達の花蓮はすでに島に見切りをつけたようで、ひとり脱出の計画を立てているようだ。陸は彼女から今年の生贄が高木君であると聞かされるが、何もできないままに秘祭の当日を迎える。

と、ここまでが物語の前段である。現代社会に根付く信仰心を描いたという点では、今村夏子の『星の子』を想起させるかもしれない。おそらく丹念に取材を重ねたのだろう。孤島という舞台設定を活かし、宗教の閉鎖性を際立たせる構成となっている。

そしてポストヒューマンが立ち上がる

しかし、ここから物語は急展開を見せる。実はこのモドリ、村の若者がでっちあげた乱痴気騒ぎに過ぎなかったのだ。島で言い聞かされてきた数々の伝承も、どうやら眉唾ものであるらしい。強い幻滅と拒否感を覚えた陸は、慣れ親しんだ千久代島を離れ、東京での暮らしを選ぶことになる。

十年の時が流れ、陸は大人になっていた。結婚した夫は怪しいビジネスに加担しており、SNSで「成功者の金持ち」を演じることを日々の仕事としている。虚飾であふれているのは、どうやら都会の生活も同じようだ。少女時代の出来事が影を落とすなか、陸はふたたび千久代島に足を運ぶチャンスを得る。

徐々に読者の前に浮かび上がるのは、先に述べた「変態性」のモチーフだ。主人公が帰郷を果たす千久代島は、常軌を逸して(abnormal)おり、そしてまた変貌を遂げて(transform)いる。以降、ポスト真実や歴史修正主義などの問題を提起しつつ、物語は途方もない方向へと向かっていくのだ。

作品の結末に触れることは避けたいが、そこでは再度「モドリ」の秘祭が行われる。村田紗耶香と松井周の「変態」が見事に重なり合うのは、まさにこの瞬間だ。人間は人間であることを脱し、精神的にも身体的にも「変態」する。

人間のおぞましさを含みながらも、人間のおかしさを含みながらも、読後感は意外にもさわやかだ。


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