【ショートストーリー】「ハッピーバースデー」

今日は彼女の誕生日。

仕事を早めに切り上げた男は、帰り道にあるケーキ屋で彼女の好物のモンブランを買った。

誕生日プレゼントは前もって買って準備しておいた。
今は男の部屋に隠してある。

何かの気の迷いで掃除でもされて、彼女に気付かれてはいないかとドキドキしながら帰り道を急ぐ。

男は、家に早く帰りたい一心で近道をすることにした。

ここは街灯も多くなく薄暗い通りだが、それなりに趣のある閑静な住宅街である。

道に沿って並ぶ家々からは、そこで何気ない日常が営まれていることを知らせるかのように、そこに住む家族たちの声と、温かな明かりが外へ漏れている。

夜道まで伸びる明かりは、まるで路地を照らす誘導灯のようにも見えた。

そんな家々を見ながら、同じように部屋を明るくして、いつも通り晩ご飯の支度をしているであろう彼女の姿を思い浮かべる。

サプライズプレゼントを渡されて喜ぶ彼女の顔を想像しながら、男はさらに歩を進める。

少し歩くと、向こうから息を切らしながら走ってくる人がいる。
きっとこの辺りに住む人なのだろう。

人通りも少ないため、ランニングコースにうってつけなのかもしれない。
すれ違うその人を横目に見ながら、肉が付きはじめた自分のお腹をつまむ。

「みっともなくなる前に、俺も運動を始めようかな。」
男は呟く。

そうして考え事をするうちに、自分が住むマンションがある通りに近づいてきた。
それと同時に、何やら表通りが騒がしくなっている事にも気付く。

「あっちの道は今日も相変わらず騒がしいな。筋を1本入るだけでこうも違うのか。俺も将来はこういう静かなところに住みたいなぁ。」
などとぼやきながら、家に向かう。

家に近づくに連れて、どんどん騒がしさが増す。

「ウチの近所で何かあったのかな。せっかく早上がりして帰ってきたのに気分が台無しだよ。」
と、愚痴をこぼす。

近道を抜け、いつもの通りに出る。
すると、あろうことか男が住むマンションの周りに非常線が張られている。

「えっ、帰れないじゃん。」と声を上げると、野次馬根性むき出しのおばさんが突然近寄ってきて、男に話しかけた。

「あら、アナタあそこに住んでるの?ついさっきのことなんだけどね、強盗が入ったみたいなのよ。」

チッ、絡まれたと内心で思いながら、
「そうなんですか。」
と、それとなく会話に応じる。

「そう。それで運悪く住んでた人が殺されちゃったみたいで。なんでも若い女の子だったらしいわよ。」

これにはさすがに驚いた。
毎朝出勤するときにエレベーターで一緒になる女性のことを、ふと思い出す。

「えっ!そうだったんですか!いったいどこの部屋の人なんだろう。」
そう聞き返すと、おばさんが待ってましたと言わんばかりに答えた。

「え〜っと、確か○○号室って言ってたかしらねぇ。ほんと気の毒ねぇ。」

その瞬間、男は手に持っていたモンブランを地面に落とした。目の前が一瞬で真っ暗になり、頭の中は逆に真っ白。

取り乱した様子で非常線のところに立つ警官に駆け寄る。そして、自分の住む部屋の番号を伝えた。警官は中に入れてくれた。

おばさんが口にした部屋の番号は、他でもない男が住む部屋のものだった。

男は、現場となった自分の部屋へ一目散に駆け込んだ。そして、自分の部屋を見るや否や、その場に崩れ落ちた。

白い壁には「HAPPY BIRTHDAY !!!!」と赤い文字で大きく書かれ、テーブルの上には、赤茶色の見覚えのない汚れと、その上から白いロープが円形にして置かれている。そのすぐ側には数字の書かれたプレートが立てて置いてあった。

1人の刑事が男に近寄り、声をかける。

「この部屋にお住いの方ですか。」

男は小さく「はい」と返事をする。

男にはそこから先の記憶はない。

男が最後に見たものは、眼前に広がる、どこまでも青く澄んだ空だった。

■■■

殺されたのは、男の彼女で間違いなかった。

犯人は彼女の職場の同僚で、男は住宅街で犯人とすれ違っていた。

犯行の動機は

彼女の誕生日をお祝いしようと、内緒でパーティーを企画したのに、彼女が「彼氏がお祝いの準備をしてくれているから」と、パーティーに来なかった。

自分はそこで彼女に想いを伝えるつもりだったのに、彼女は彼氏がいることを隠し、さらに自分をたぶらかしていたことに気付いた。

だから、彼女への復讐と彼氏への雪辱のために犯行に及んだ。

というものだった。

現場は凄惨な状況だった。

ダイニングテーブルには、切り落とされた彼女の首が置かれ、その後ろの壁の文字は彼女の血で書かれていた。
また、彼女の体は犯人によって何度も犯されており、調査の結果、殺害後に犯人が行為に及んだこともわかった。

彼女の職場での聞き取りの結果、彼女は犯人の男を騙していた訳でも、彼氏の存在を隠していた訳でもないということがわかった。

つまり、全て犯人の歪んだ被害妄想と狂気じみた自尊心から生まれた悲惨な事件だったのだ。

一方、男は事件後すぐに、激しい心神耗弱のため、病院に2週間ほど入院した。

その後、警察からの事情聴取を受けたが、事件のショックから、事件当日以降の記憶を失っていた。

警察からの事情聴取が一通り終わると、男はあの日彼女のために用意していた誕生日プレゼントを抱いて、マンションの屋上から身を投げた。

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