団地の遊び 坂道の店

坂道の店

 住んでいた団地の号棟は、駅は近かった。団地中央の、ストアとかある商店街より、近かった、ような気もする。
 駅に行くには、団地を抜け坂道を上る。その坂道の途中に、店があった。
 いずれもショぼい店である。
 酒屋、文房具屋、和菓子屋、パン屋、蕎麦屋、薬局。あとほかにもあったようだが、思い出せない。こう書くと、そこそこの佇まいにも、見えないこともないが、実際は、やはりたいしたものとは、いえない。ともかく、子供から見ても小さいのである。
 その坂道も、車一台がやっと通れる程の狭いものだった。車が走っていた記憶が、まるでない。
 和菓子屋は、とても店とはいえない佇まいといってもよかった。客は道路にいる。和菓子屋のショーケースがあり、その上に中途半端な大きさの箱に入った、普通のお菓子類がある。
 一応、軒といえるほどの、ビニール製の屋根がある。とはいえ、雨が降ったら、客のいる所は濡れる。
 それに、その店の中は、なんとか人一人立っていられるだけの、すごく狭いスペースだった。店員は、体を曲げくねらせて、中に入ってくる。
 ここはーーーカンタンに万引きできるじゃん。そう言われていた。坂道を駆け下り手を伸ばせば、簡単にお菓子を盗めて、そのまま走り去る。しかも、店員は、客が来なければ、現れない。奥で和菓子を作ってるからだ。
 にもかかわらず、誰も万引きしなかった。なぜなら、ここの和菓子はおいしく、ショーケースの中の串団子や饅頭を買うためには、ちゃんと店員に言って、出してもらわなければならない。
 万引きなんぞして、たとえ成功しても、やはり、なんかバツの悪さが大きいからであろう、と思う。
 万引きを生業としていたLL4(仮名)ですら、手を出さなかった。そして、五十五円の栗蒸し羊羹を食べるのが夢だ、と言っていた。
 記憶が正しければ、五十五円が、一番高い和菓子だった。こう書くと、おそろしく安く思える。
 あん団子、みたらし団子、二十円だったと思う。いや、どっちかが十五円だった気もする。ともかく、いつも買うのは、この二つで、自分はあん団子のほうが好きだったーーー今も。
 ある日、親がここの和菓子を買ってきた。中には、あの栗蒸し羊羹が入っていた。LL4に限らず、五十五円もするので、子供には手が出なかった、あの栗蒸し羊羹である。
 これ食べていい?そう聞くと、いい、と言われた。結論から言うと、それ程でもなかった。しかし、食べた、ということが重要なのだ。
 このことを、LL4に言おうと思ったが、和菓子屋の前を通るたびに、栗蒸し羊羹を食べるのが夢だ、そう言い続けているので、もう食べたよ、とは言いづらくなってきた。
 なので、ある日、LL4が、ついに栗蒸し羊羹食べたゾ!そう言うまで、とうとう食べたとは言えなかった。ものすごくうまかったと言っていた。
 そして、パン屋である。このパン屋は、はしめのうちは、気にもせず、サンドイッチなど買い、普通に食べていた。トマトサンドがまあまあうまかった。
 ところが、友人のAZ5(仮名)が、あそこのパン食べたら腹こわした、食中毒なった、そんなことを言った。
 そう聞いた途端、ウチの親が、なんかあやしいとは思っていた、と言いはじめ、それ以降、一切、買わなくなった。
 ハムとかならリスクはあるが、トマトサンドぐらいなら、大丈夫なんじゃあないか?と思ったが、もう絶対ダメということに決定されてしまった。
 そう思って見ると、だんだん店構えや店員のおっさんも、なんだかうさんくさく見え始め、ヤバい所という空気がどんどん漂ってきた。
 ついこの前まで、おいしく食べていたのに、であるーーーそれほどうまいという程でもなかったが。
 ほかの店のことは、まるで覚えていない。
 あと、印象に残ってるのは、坂道を転げ落ちたヤツのことである。
 当時、ローラースケートが流行っていた。坂道を降りるのは、愉快だった。
 しかし、ここの坂道ではやらなかった。なぜなら、当然、店があるからで、人もいるし、要するに、やりづらいのだ。
 ところが、意外に急な坂道だったので、どうしてもやりたい、と永野(仮名)が言い出した。やらないほうがいいんじゃあないの?という皆の意見を無視し、人がいなくなるのを待って滑り降りた。
 いや、正確には、滑り降りる前にぶっ倒れた。倒れた拍子にローラースケートが脱げて、でんぐり返しになったり、横になったり、実にいろんな恰好で、転げ落ちて行った。
 これは死んだな、マジにみんなそう思った。坂道は長く、五十メートル以上はあったと思う。そこをずーっと、転げ落ちてるのである。
 結構、薄情に見ていたのは、日頃遊ばない、どうでもいい奴だったからで、バカなヤツ、ぐらいにみんな思っていた。
「あーいてえ」そう言って、立ち上がった姿を見た時は、コイツとは二度と遊ぶのはやめよう、そんな事をあとになって、皆で話したのを、よく覚えている。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?