団地の遊び 五十年目の言い訳

五十年目の言い訳

 小学校時代、運動会の記憶は、ほとんどなかった。一つだけ、はっきり覚えているものがある。
 小六のリレーである。つまり、運動会の最後の最後、最上級生の六年が、対抗リレーをするという、一番盛り上がるといってもいいやつである。
 自分は学年て一番足が速いと思っていた。一人、羽崎(仮名)という別のクラスの奴で速いのがいた。タメかコッチが速い、そんな感じであった。
 リレーの選手に選ばれた。次は走る順番である。四人が走る。細かいことは忘れたが、太田'(仮名)にーーーお前が最後でいいよ。そう言われたのだけは、ハッキリ覚えている。
 一人、捻挫してリレーを辞退する奴が出た。実は自分も、できることなら走りたくなかった。なぜなら、坂道でコケた左足のケガが、一応、治ってはいたが、まだ痛みが残っていたからである。
 ところが、すでに一人辞退している。この上、自分まで足が痛いので、と言ったら、足の速い奴がいなくなってしまう。
 まあ、それでも、なんとかなるだろうと思った。是が非でも、なんとかしなければ、というほど、強い気持ちはなかった。
 運動会当日。最後の最後のリレーが始まった。四つのチームが走った。確か、結構、差がついて、自分のチームは、三位だった。二位とは、すさまじく離されている。そして、三位と四位の間も、すでに大差ができていた。
 三位には、自分。四位には、羽崎がいた。つまり、学校で一番速い奴二人が、アンカーとして、残っていた。なんでこんなことになったのか、全く覚えていない。
 自分がバトンをもらう。走る。なんかキツかった。でも、大差があるので、大丈夫だろうと思った。七割の力で走った。しかしそれは、油断だった。
 三分の二を走ったところで、後ろに羽崎が近づいているのに、気づいた。自分の速度は七十パーセント程である。
 ここで、全力を出さなければ羽崎に抜かれる、そう思った。足はずっと痛かった。羽崎の気配を後ろで感じながら走った。
 しかし、羽崎は抜きにこない。なので、自分も最後の力は出さなかった。
 この時、自分はこう思った。イヤな奴だなコイツは。抜くならさっさと抜けよ。
 そして、ゴール前で、いわゆるラストスパートである。羽崎は、これを待っていたのだろう。
 自分は全力を出したが、ギリギリ最後、抜かれた。
 非常に気分が悪かった。油断が原因だと思った。もっと早い段階で全力で走れば、こんな結果にはならなかっただろう、そういう自信はまだあった。足は痛かった。左足を引きずりそうになったので、意地でも普通に歩いた。
 この件に関して、自分を非難する奴は、一人もいなかった。不思議である。オマエのせいで負けたんだぞ!そう言われると思ったのだが、なぜか誰一人、文句を言ってこなかった。
 そして中学生になった。走ることにまるで興味がなくなっていた。リレーなんてやる気は全くない。ところが、同じ小学校同じクラスの女子が、自分を推薦する。直前になって、ケガしたと嘘ついて辞退した。
 陸上部からもスカウトが来た。怖そうな先輩に、なんと言って断ったのか忘れたが、ともかく断った。
 ところで羽崎は、リレーにも出てないし、陸上部にも入っていなかった。コイツとは友達ではない。記憶する限り一回しか話したことがなかった。何を話したか覚えていない。なぜ走らないのか不思議ではあったが、どうでもよかった。
 酒井(仮名)という奴と仲良くなった。同じ小学校だが、クラスが違うので、これまであまり話したことはなかった。
 酒井が、どうやれば速く走ることができるのか?と聞いてきた。面倒くせえな、そう思ったから、テキトーに、手を空手チョップ形にし、縦にして、指先を前に向ける、すると空気抵抗が少なくなり速く走れる。
 すると、酒井は本当にそれをやって走ったら、気のせいか速くなったという。いや、それは多分本当に気のせいだろ、と言ったら、意外なことを言った。
 ーーー羽崎も同じことを言った。
 コイツは羽崎にも聞いたのか、と半ば呆れた。
 最後に、自分は小市民で小さい男だから、言わせて頂く。
 さて。羽崎君(仮名)、そんなわけで、君がリレーで勝てたのは、自分の足のケガが治ってなくて痛かったからだよ。もちろん油断もあったけどね。でも、あの大差で、自分に追いつけたことに、疑問を感じなかったかい?本来なら、負けるわけがない距離といえるが、どうかな?
 もちろん負けは負けだけどね。
 ちなみに、ケガの話を誰かにしたことは、人生で一度もない。
 羽崎君。君は今、結構、有名になってるね。偉くなったね。自分の書いたこれを、読むことはないだろうが、自分は男らしくない奴、ショボいチンケなバカなので、五十年目の言い訳をした。
 そして、最後に、羽崎君、随分、容姿が変わったね。自分はまだまだだよ。
 じゃあ羽崎君。がんばって下さい。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?