団地の遊び 夜の捜索

夜の捜索

 夕食後、電話がかかってきた。八時を過ぎていた。学級委員R(仮名)からだった。
 クラスメイトの日村達史(仮名)が、行方不明だという。そこで、みんなで捜すので、来てくれないか?というものであった。
 夏休み、暑い季節だった。自治会長の高橋さんが、招集をかけた。クラスメイト高橋の母親である。高橋さんは「あたしの名前出しな」で、ほぼなんでも解決してしまうスゴい方であった。
 この時、警察もいたのか、その辺のことは覚えていない。
 団地中央グラウンドに集まった。みんななんかワクワクしてる感があった。夏休みで暇なのである。人一人が行方不明というのに、みんなでこれからなんかして遊ぶというような、まるで緊張感といえるものがなかった。
 自分も笑顔で、女学級委員山岡とMM2(仮名)と一緒に、何がはじまるんだ?みたいな気持ちでいた。
 人数は三、四十人ぐらいだろうか、老若男女いた。子供が半分以上だった。
 くれぐれも一人にならないように、最低でも二人で動け、そう自治会長が言った。そして全員にホイッスルが配られた。こんなものがこんなにたくさんあって、皆に配られるという現実に自分はかなり驚いた。
なんかあったら吹けということだが、白いホイッスルは薄汚く、口をつける気にはならなかった。
 日村は団地内か川にいる、ということで、広い団地を捜すことになった。
 夜、子供まで集め捜索するわけは、子供にしか入れないような所があるから、という理由らしい。当時はなんとも思っていなかったが、子供を夜動かすのは危険という考えはなかったのか?と今になって思う。
 そんなわけで、山岡とMM2と自分で、さあどこ行こうか?と言いながら、集会所のほうに行く。すると、学級委員Rが、三村夏子(仮名)といた。
 集会所の裏は、細道で、木々が茂っている。その向こうは、幼稚園である。
 ここで何か話したのだが、まるで忘れている。つまり、団地内捜索という自体について、なんか聞いたが、まったく覚えていない。すまない。ともかく、家にはいないそうだ。もちろん団地が家である。
 川が怪しい、そう山岡が言うので、そっちに向かった。見ると、集会所の屋根に何人もが登っている。屋根にはカンタンに上れた。
 団地の中はあちこち街灯があり、家の明かりとかもあり、暗い感じはあまりなかった。満月に近い月だった。
 川に来ると、本来なら真っ暗なのだが、月明かりで結構見えて、そこに子供たちが何人もいて、遊んでいた。ダンボールソリをやって、草土手の坂を下っていた。
 なんだかとても楽しそうである。自分もやりたかった。
 橋の欄干にもたれ、一人本を読んでる奴がいた。月明かりで読書とは、なかなか風流である。よく見ると、自治会長の息子高橋だった。「よう」自分たちに気づいた高橋が言ってくる。
 なんの本を読んでるのか訊くと、無言で表紙を見せた。アルベール・カミュの「ペスト」だった。当時、もちろん知らない。この事は結構記憶に残っていて、中三の時に、理解できたのか?と聞いたら、あんまり、と答えたのは、よく覚えている。
 川は人が結構いるので、行くのをやめて、団地に戻った。
「これってもしかしてドッキリじゃあないか?」MM2が言った。確かに夏休みの夜、ヒマな子供たちを集め遊ばせる、考えられる事だった。
「違うと思うよ」山岡が、真面目に言った。
 あちこちに子供がいた。あきらかに人数が増えている。すりばち公園とか、なんか賑わっていた。
 団地中央を抜け北側の方に行く。バス通りを渡る。コッチは団地の最北端になり、あまり来ることがない。団地の向こうは芝生で、結構、木が生えていて、鬱蒼としてる所もあった。散歩気分である。
 すると、四、五人が集まっていた。団地の境目の金網のとこである。大きな楠の木が覆い被さっていて、暗かった。金網に人間が張り付いていた。
 行方不明の日村が、金網にからまって動けないでいた。木登りしていて金網の上に落ちて、手足がからまったという。どうしてそうなるのか、不思議である。金網はグニャリと曲がり、網の所に両手と片足が挟まっている。
 既に連絡がいっていて、オッサンが巨大なペンチみたいなモノを両手で持って、近づいてきていた。後ろに自治会長高橋さんがいた。いかにも、オッサンは親分高橋さんの舎弟という感じに見えたーーー後日、皆がそう言っていた。
 金網を巨大ペンチで切断し、無事、日村を救出した。破損した金網代は日村の親が払った。結構高かったらしい。すまない。忘れている。日村のケガはたいしたことなかった。
 かくして、夜の遊び、いや捜索は終わった。バカな自分は、すでに眠くなっていた。
 配られた汚いホイッスルの音は、結局、ただの一度も聞こえなかった。後日、半分も戻ってないので集会所に返しにきて、と連絡があった。
 そして当の日村は自分の立場もわきまえずこう言って、高橋自治会長に怒られた。
「ぼくも遊びたかったな」


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