団地の遊び ドラクエの朝

ドラクエの朝

 話は二十代になる。
 明日は、ドラゴンクエスト3の発売日であった。本来、ローマ数字で書くのが正しいのだが、さがせばあるかもしれないが、差し当たりローマ数字が見当たらないので、算用数字つまり3で書かせて頂きます。
 テレビで、既にヨドバシなどで買うための行列ができている、そう報道していた。
 自分は、どうしようかと考えていたのだが、キーちゃんがウチに来るという。なぜなら明日始発で、さくらやかヨドバシに買いに行くから、ということだった。
 当時、キーちゃんは埼玉に住んでいた。なので、より新宿に近い、団地のウチに来る、というわけであった。
 キーちゃんは、初めて見る暖かそうなコートでやって来た。夜十時頃である。腹減ったといって、ピザを注文した。
 テレビなど見て適当に話してるうちに、午前四時過ぎになった。
 二月の朝である。身を切るように寒いとはこのことで、まだ暗い道を、駅まで歩くのもきつかった。
 始発に乗り、新宿に向かう。電車の中は、暖かかった。しかし、始発で各駅停車なので、ドアが開くたびに寒い。
 人が結構乗っている。全員がドラクエを買いに行く奴に見えた。
 新宿に着き、ヨドバシに行く。すでに人が並んでるのは、知っていたが、思ったほど後ろのほうではなかった。
 開店まであと三時間ぐらいあった。そして、すごく寒かった。
 ともかく、待つしかなかった。待ってる間にも、人がどんどん増えていく。
 やることもない。なんかダラダラしゃべっている。キーちゃんが、行列を離れる。自動販売機で温かい缶コーヒーを買ってくる。
 それにしても、まだ暗い真冬の朝、こんなに人がいて、ザワザワしてるのは、なんだか妙な感じである。まだ朝の匂いもしない。
 やがて、夜が明けてきた。
 まだ店は開いていなかった。しかし、少し早めに店員たちが出てきた。そして、整理券を配り始めた。
 整理券をもらったあと、まだなんとなく突っ立っていたら、再び整理券をくれた。計二枚になった。
 さて。これからが問題である。開店まで、まだ二時間ぐらいある。
 この整理券目当てに、カツアゲされる可能性があった。これは、テレビでも報道されていて、充分、気をつけなくてはならなかった。
 キーちゃんは馴染みのサウナに行くという。自分はサウナは好きではないし、行く気になれないので、ここで別れることにした。
 一人になるのは危険である。複数でいるように、とマスコミでも言っている。
 そして、やはり、二人組が自分のあとをつけていた。新宿駅に向かう西口の道である。さっきヨドバシの近くで、コイツらの姿は確認していた。一人になるのを待っていたのだろう。
 人は結構歩いている。人のいない所に行ったら危ない。そのまま、新宿駅に行く。
 二人組はどこにでもいる学生という感じで、特にガラ悪い空気はなかった。しかし、自分が立ち止まると、一緒になって立ち止まる。間違いなく、つけていた。
 寒さで冷え切ってるせいか、脳と体が、なんか弛緩してるような感じで、恐怖感はあまりなかった。
 京王デパート側から、新宿駅に入る。まだつけている。地下に行く。人で混み合っている。柱の陰に入る。二人組は、特に慌てるふうもなく、階段を降りてきた。コイツらは、おそらく軽い気持ちで(犯罪だが)「整理券あったらくれよ」とか言ってくるのだろう。「朝早くクソ寒い中、三時間待ったんだぞ。見ず知らずのヤツにやるわけねえだろ!」と言ったら、戦いになるのだろうか?とかあまり真剣でもなく考えた。
 ヤツらはキョロキョロ見回している。JRのほうに向かった。自分は素早く切符を買い京王線ホームに向かう。見回しても奴らはいなかった。電車に乗る。空いていて、尾行の有無はすぐわかった。
 無事、団地の家に着くと、とりあえず寝た。そして、夕方に起きた。友人の高橋に電話する。二枚あるから一枚整理券をやる、というと、喜んで車を出してくれた。
 今度は、ドラクエのソフトを、買うわけで、すると一段とカツアゲ率が高くなる。されたら、金銭的被害が出る。
 高橋はスキンヘッドで体も大きく目つきも悪く、車は60万で買ったフォードである。要するにカタギには見えない。なので、カツアゲ対策としてはちょうどいいわけであった。ちなみに団地自治会長の息子である。
 新宿ヨドバシに着き、ドラクエを買う。尾行の有無を確認し、さっさと車に戻る。冗談抜きで、車を尾行してる奴はいないかと、警戒した。
 すでに、カツアゲ事件は、あちこちで起きていた。やはり秋葉原周辺が多かった。抱き合わせで、つまらないゲームも買わせることも、頻繁していた。
 そして団地に帰った。体も疲れてるが、神経のほうが疲労してる感じだった。
 後日、キーちゃんから聞いた話では、やはり尾行がついたという。一人は狙われるのだ。しかしサウナまでは、入ってこなかったそうだ。出るときは、顔見知りの受付の人に、途中まで付き合ってもらったという。ドラクエを買った後は、タクシーですぐにも新宿を離れた。
 そんなわけで、その後は、平和にドラゴンクエスト3を、楽しんだ冬だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?