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【ネタバレ】映画「TELL ME hideと見た景色」感想

7月9日(土)、かねてより気になっていた映画「TELL ME hideと見た景色」を鑑賞してきた。hideのファンとしてはほんの特殊な自分の経歴も交えつつ、この映画の「ここ好き」ポイントごとに感想を書いていこうと思う。

 ①とにかく「それっぽい」hideの過去

この映画は、hideのパーソナルマネージャーでもあった実弟・松本裕士さんの著書「兄弟 追憶のhide」(講談社文庫刊)を原作とした「実話をもとにしたフィクション」と銘打っている。なので、ドキュメンタリーでも再現ドラマでもない。だが、幼少期の松本兄弟のエピソードや、Xより前に所属していたパンクバンド・サーベルタイガー時代のパフォーマンスなど、Xのギタリストとして知られる以前のhideの経歴を映像化した一連の「回想シーン」は、いずれもhideのファンであれば「あ、あの話だ!」とピンと来る、実に解像度が高い、いかにもそれっぽい場面の集合体に仕上がっている。

少し話が脱線するが、自分はhideの存在や、出来事としてのその急逝を知ってはいたものの、その音楽にはまり込み、人生観が大きく変わったのは彼の死から約2年後である。中学2年生の春休みだった。当時は前年の「LOVEマシーン」の大ヒットで一躍トップアイドルになったモーニング娘。とハロプロに夢中で、夢中とはいえ小遣いが少なく、新曲のCDはTSUTAYAでレンタルして聴いていた。レンタル日数を短くすれば、CD1枚購入する価格で他に何枚もCDを借りられたので、当時出たばかりのハロプロのシャッフルユニットのCDのついでに、当時オリコンの上位にランクインしていた他のアーティストの新譜もレンタルした。なんとなく選んだそれらの1枚が、この映画のタイトルにもなったhide with Spread Beaverの「TELL ME」だった。

初めて聴いた「TELL ME」の衝撃がどんなものだったか、あれから22年の時を経た自分は悔しいことにほとんど覚えていない。覚えていないが、その衝撃はたった1曲で自分をhideのファンにした。もう新曲が発表されることのない、2年前にこの世を去ったロックスターの、たった1枚のシングルが、その時点での自分の生涯最高の名盤になったのである。

そこからしばらく、自分がhideにのめり込んだことを知った母親が、誕生日(だったと思う)に当時出たばかりのhideのベストアルバム「PSYCOMMUNITY」をプレゼントしてくれ、これもディスクが劣化して再生されにくくなるまで聴き込んだ。特典のブックレットはボロボロになってセロテープで補修が必要になるレベルで読み込んだ。中古屋へ通い、相変わらず少ない小遣いで過去のhideのCDも少しずつかき集めた。出会いはレンタルだったTELL MEも、ちゃんと買った。これも中古だったが。

ようやく本題に戻るが、そうなると今度は生前のhideがどんなミュージシャンだったのか無性に知りたくなるのは自然な話であった。そこで自分は行きつけの書店の、それまでは足を止めたこともなかった音楽書籍のコーナーへ行き、一冊の本を買った。hideの幼少期から、X JAPAN、ソロワーク、そして死後の関係者の動向も含めた足取りを辿る「永遠のhide大事典」(コスモブックス刊)であった。その本を手にした頃にはもう、自分は中学三年生になっており、受験勉強の合間にこの本を読みこんだ。その中に、

・小学生時代は肥満児だった
・KISSに出会ってロックの魅力に目覚めた
・ギターを手にする前は、テニスラケットで弾き真似をしていた
・祖母にギブソン・レスポールを買ってもらった
・サーベルタイガー時代、ステージ上で生肉を食べるなど奇抜なパフォーマンスを行っていた
・酔っ払うと喧嘩っ早くなり、翌日何も覚えていない

そういった数々のエピソードが収録されており、hideの魅力的な人物像にさらに惹かれていったわけだが、この映画はそうした実話の数々を、松本裕士が生前の兄を回想するシーンにこれでもかと散りばめている。パンフレットのインタビューを読む限り、これは監督・塚本連平氏の綿密な事前取材の賜物に違いないが、一連の回想シーンはどれも、自分が書籍から知ったhideの過去を解釈一致で映像化してくれているのだ。……いや、正確には一致じゃないか。「ああ、実際にはこうだったんだろうな」と思わせる強烈な説得力を持つ「それっぽさ」は、当時の自分の解釈を超越する解像度だった。その完成度に納得するしかない再現ドラマの詰め合わせ。映画序盤で既に「あ、この回想シーンだけで元とれたわ」と確信してしまった。

②普通のおっさん、普通の弟を演じる今井翼

この映画の主人公はhideの弟・松本裕士である。前述したとおり裕士氏はミュージシャンではなく、マネージャー。劇中でも兄のhideからレコーディングスタジオを追い出され、Spread Beaverの喧嘩の場面ではメンバーから素人扱いされる場面があるなど、立派な業界人の一人ではありつつも、ロックスターたちとの対比においては「普通の人」の一線が保たれている。

実際の松本裕士氏を見たのは、hideのファンになりたての中学時代、テレビでhideのドキュメンタリー番組を視聴していた時が初めてだった。マネージャーを務めていた実弟、というhideとの関係性もそこで知った。当時のクソガキだった自分の第一印象は「普通のおっさんやな……」だった。

その印象はある意味では間違いで、別の意味では正しかった。裕士氏は、ミュージシャンでない、ロックスターでないからこそできるアプローチで、生前から死後、そして現在も兄の表現活動を支え続けている。「キング・オブ・素人」という兄が期待した役割を(いや、さすがにあれだけ長年活躍してる人をもう『素人』なんて、誰も思わねえよなぁとは思うんだけど)果たし続ける裕士氏は、音楽が決してステージの上の人たちだけでは成り立たないことを教えてくれる、最高の「普通のおっさん」である。

そして、そんな「普通のおっさん」を、自分が小学生の頃からアイドルをやっていた今井翼が演じるわけなのですが、いや、これがまた絶妙に「普通のおっさん」であり、かつ、いい意味でフィクションに必要な誇張表現として「普通の弟感」をしっかり盛っているのである。今井翼という俳優は、実年齢では確かに今年36歳の自分より4歳年上の立派なアラフォーのおっさんである。しかし、自分の人生の中で、テレビの中にいた彼はいつもアイドルだった。ジャニーズJr.、怪談トリオ、タッキー&翼。ジャニーズ事務所のアイドルには30代、40代と年を経るにつれ「かっこいいおっさん」に成長していく人は多く、彼らはおっさんになってもアイドルである。よくネットで「TOKIOの本職は農家でしょ~」と言う人がいるが、その発言もあくまでTOKIOが「アイドルが本気で農業や開拓に取り組んでいる」という個性に、長年の魅力を感じていればこそなのだ。ジャニーズアイドルは年をとっても簡単に輝きを失わないアイドル。……だからこそ、今井翼が「普通のおっさんで、普通の弟」の松本裕士という実在の人物を、虚実のバランスをしっかりとって演じきったことに賞賛の拍手を送りたい。

10代前半からの長年の俳優経験で培われた演技力と、役者自身の加齢から来る外見上の変化がリアルな「普通のおっさん」感。そしてジュニアアイドルとしての経歴で磨かれた「弟の雰囲気」が、フィクションの主役としての松本裕士像に落とし込まれた結果の「普通の弟」感。幼少期から続く優秀な兄へのコンプレックスに悩まされつつ、破天荒で酒乱でだらしなく、でもストイックで人情家な兄を嫌いになれない弟の人物像は、実に生々しくリアル。兄の遺志を継いで臨む大仕事の場でも、ファンの反発や音源制作の難航で幾度も壁にぶつかる。これもまた(事実をもとにしているのだから当然)リアル。そこを今井翼はどう演じるか? というと、そこもぶっちゃけあまり頼りにならない、素人のおっさんなのだ。塚本高史演じるI.N.A.や、津田健次郎演じる鹿島の協力を得てどうにか前に進む、そこまでの過程では自殺未遂すらする、親からの評価では終盤までどうあっても兄を越えられない、冴えないおっさん。主人公としてなかなか感情移入しにくい立場の松本裕士だが、hideの「弟」という立場にフォーカスし、幼少期の子役から「ジャニ系のかわいいルックス」を与えることで、プロットをぎりぎり覆さない程度の主役として「弟・裕士」を仕上げたキャスティングは上手い。

結論、「普通のおっさんの生々しさ」と「弟の可愛げ」を両立する上で、アイドル出身のベテランイケメン俳優を起用するという策は「実話をもとにしたフィクション」の最適解だし、その上で、現在の今井翼が扮する松本裕士のビジュアルと演技は、ホント大正解だったって話なんよね。

③割とイヤな昭和の松本家

敢えてリアル(かどうかは自分には、正確にはわからないんだけど)に描くことで、あくまで主人公・裕士への感情移入を誘った描写の上手さ。幼少期の秀人は、学校では成績優秀で器用ながら、勉強を離れればデブの陰キャ。なのに家では内弁慶で弟には高圧的。それでいて両親は長男の文化系な優秀さ(と、食欲)をやたらと褒めたたえ、次男の裕士には「兄を見習え」の一点張り……という。いわゆる「長男様」な昭和の家庭で育った裕士のコンプレックスやフラストレーションがしっかり描かれたところ、本当にポイント高いんですよ。家族、兄弟、いいものだけどそれだけじゃない。日本一有名な昭和の一家・磯野家だって、末っ子のワカメちゃんから見れば、波平は頑固親父、サザエはドジなのに短気な姉、カツオはお調子者でサボり癖のある兄。そんな磯野家ですら、波平とフネは長女と長男を贔屓したりはしないんだけど、松本家はサザエより短気で、カツオよりちゃらんぽらんな秀人をこれでもかってくらい贔屓するんだよね。hideのファンが観に来る映画に、幼少期の長男様な秀人、長じてからも酒癖最悪なhideを、一番身近に悩まされ続けた弟の目線で描く。そこがいいんです。ほんとしょーもない人だからこそ、幼少期から数えて実に3人の役者が演じたhideには死の間際まで「しょーもなく生きるパワー」が満ちている。でもしょーもない人なので、しょーもないアクシデントで突然死んじゃう。だからこそ、作中の裕士が現実と同じように語った「hideの死は自殺じゃない」って言葉に滅茶苦茶説得力が生まれる。「あ、hideはちゃんと『枯れるまで歩いた』んだ」って納得できるんです。人間臭くて生命力に満ちた、昭和の嫌な長男。降る星の数、数えるまでもなく泣くのに飽きました。すいません嘘です泣いてもいません。この映画、あの頃のあなたが自殺なんか絶対しねーってことを改めて確信させてくれました。嬉しくて笑顔になりました。自分もあなたを見習って、しょーもなく、スピード上げて枯れるまで歩いていくだけです。困った、困った。

④過去と現在の二元中継

前述したとおり、自分はhideが天国へ行ってからのファンなのです。ライブ会場で彼の勇姿を目にしに行くことはできず、当時(2000年)は受験生だったこともありSpread Beaverのメンバーの個人活動を追うこともできなかった。X JAPANも現在のように活動していなかった。

あれから22年が過ぎ、その間に自分が学生時代に友人と組んだバンドで「ROCKET DIVE」をコピーしたり、カラオケでは(中学時代にはあまりにhideを歌い過ぎて一部の友人から嫌がられるレベルで)彼の歌を歌いまくり、同人誌製作を趣味にし始めてからはhideの楽曲に着想した小説を書いたりもした。でも、hideのライブを体験することはできなかった。

で、この映画の終盤のライブシーンである。
その段階で作中の時系列は 1998年秋。パーソナルマネージャー・松本裕士と、I.N.A.をはじめとするSpread Beaver、そして鹿島らレコード会社、多くの人の努力が結実し実現したライブツアーの初日。

生前hideが企画していた1998年のツアーは、彼のいない現世で「天国との二元中継」で行われたライブだ。当時中1でhideに興味を持つ前の自分はそれを知らない。それが行われていた頃、部活でバレーボールの球拾いをしていたか、家でガンプラを弄っていたか、星新一や筒井康隆や阿刀田高や小松左京の短編小説を読み耽っていたか、あるいはクラスの女子の痴態を妄想してシコっていたかだ。2年後の自分がそれをどれだけ悔やんだか。

そして、当時のライブ映像と、新規に撮影した映画としてのステージのSpread Beaver、舞台袖の裕士の姿を映したシーンが交互に、しかし自然に混ざり合うシーンは、それまで映画の物語を追いかけつつ、知識で知っていたhideの歴史を覚えている者にとって、リアルタイムで完成される「ライブビューイング」であった。あの時だった。あの瞬間だった。

自分は1998年の有楽町と、物語を通じて繋がった。

モニターの中のモニターにhideがいた。
ステージ上、その周りにSpread Beaverがいた。
舞台袖に松本裕士がいた。
それが違和感なく自分の心に事実として入り込んだ。
当然だ、自分にとってそれは「史実」なのだから。

日本史で源平合戦や明治維新を学ぶのと同じ目線で、中学生の自分はhideの生前と死後を、歴史として学び、追いかけて、ロックに魅了されギターを始めた。高校でも大学でも大学院でも社会人になっても友人とバンドを組み、その最中のわりと早い段階でギターをベースに持ち替え、それでも自分のロックへの衝動の原点にhideがいることを忘れることなく「TELL ME」にぶん殴られてからの22年間を生きてきた。

その22年を経て、自分は歴史としてしか知らなかったライブの場に立った。
ROCKET DIVEから始まり、ピンクスパイダー、ever free、そしてTELL ME。あの場にいなかったはずの自分が、舞台袖で涙を浮かべながらリズムを取る松本裕士と、そして本人不在のライブへ半信半疑に参加しながら、次第にその世界に確かにhideの存在を感じ取って没入していくhideのファンと、心を合わせてライブに参加している。

映画だ。フィクションだ。実話をもとにした再現だ。でも、あれは間違いなくライブだった。夢にまで見たhide with Spread Beaverのライブに、俺はあの日、銀幕を通じた「過去との二元中継」で参加した。参加できた。

色んな人が、色んな想いと、色んな思い出を抱えて、あの映画を見に来たことだろう。でも、そんな中でもしかしたらかなりのマイノリティかもしれない「天国のhideに憧れた少年」にとって、この映画はライブだった。

⑤余談ライダーウィザード

この映画に関して語りたいことはまだまだ尽きない。「POSE」のイントロになったのであろう卓球台のサンプリング描写や、hide役JUON氏の素晴らしくそれっぽい素面と酩酊の演じ分け、相変わらずイケボでイケメンでエモいツダケンこと津田健次郎氏、ヒリつきもイキりも団結も生々しく演じきったSpread Beaver役の面々。

ただ、どうしても特撮オタクとして思い入れが強くなってしまったのは、川野直輝演じるドラマーJOE=宮脇知史だ。片や今のアラフォーには「木曜の怪談」の怪談トリオの一角として「え、タッキー&翼!? 川野君どこいったの!?」と騒がせたジャニーズJr.出身の名ドラマー&役者。片や仮面ライダーシリーズの楽曲を多数手がける、野村義男率いるロックバンド「RIDER CHIPS」のドラマー・宮脇"JOE"知史。

「仮面ライダーウィザード」準レギュラーの川野直輝が、同番組の挿入歌担当バンド・RIDER CHIPSのドラマーJOEを演じてる!!! ウィザードリアタイ時に散々聴き込んだ「Blessed Wind」「Strength of the earth」の!! いやそもそもELEMENTSにFULL FORCEに……あと川野くんゲキレンジャーラスボスのロンだし……!

元々、RIDER CHIPSにJOEが参加して、ゲキレンジャーやウィザードに川野君が参加したことが「90年代~00年代に好きだった芸能人」との再びの巡り合わせだったわけですけども、ドラムを通じてまさかJOEを川野君が演じるとは。見たいものは山ほどあり、いつか見たようなきれいな景色をたくさん見られたこの映画で、さらにこんな共演(?)に喜べたってのは、さすがに話す言葉忘れちゃいますよねぇ!? いやあのね、普通は怪談トリオ繋がりでまずは今井君と川野君の共演に着目するんだって!!

自分の人生の色んな「あの日の物語」が、明日の歌に繋がる。

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