小説『三分間』第四話

 車内で目が覚めると、周りの乗客はもういなくなっていた。ブルーの眼をした彼も、すでに降りてしまったようだ。ふと窓際に目をやると、置き手紙と共にクッキーが置いてあった。手紙には、こう書かれていた。
——親愛なる友人へ、君と少しの間話せてよかった。お礼にクッキーをあげるよ。食べてみるといい。また、どこかで会えるといいね。
 クッキーには、青や赤の模様が施されていた。独特な見た目をしていて、この世界で作られたものだな、ということが一目でわかった。彼が、作ったんだろうか。 
 僕は、そのクッキーを食べてみることにした。うーん、もさもさしている。お世辞にもおいしいとは言えなかったが、彼の心遣いが嬉しかった。
 ふと顔をあげると、車両の前半分がぼろぼろと崩れ去っていき、真っ白な光に包まれた空間が広がっていくのが見えた。また、別の世界に繋がったのだろうか。ただ真っ白で、何があるのかはまったくわからなかったが、進んでみようと思った。窓の外に目をやると、沢山の人が海に向かっていっている。この世界の海がどんなものなのかは気になったが、僕は、この真っ白な空間の方に進んでみたいと思った。人は、得体の知れるものよりも、得体の知れないものの方に興味があるんじゃないか。僕だけだろうか、そう思った。腰を上げ、新しい世界へと進んでいく。
 真っ白な空間は、とても広かった。真っ直ぐ歩いていくのだが、なかなか景色が変わらない。ただ不思議と、不安はなかった。どこかで景色が変わってくれるだろうという、願望に近いものを感じていた。どれくらいの時間を歩いただろう、ようやく、ぼんやりと、景色が見えてきた。森だ、森が見える。真っ白な空間を抜けると、僕は、ロープウェイに乗っていた。振り返ってみると、もう真っ白な空間はなく、また談笑する人々で溢れていた。
 ここは、どの世界なのだろう。もしかすると、僕が住んでいる世界に戻ってきたのだろうか。そんなわけはないな。ただ、談笑している人たちは、僕の住んでいる世界の人たちの見た目とよく似ていた。どうも空いている席はないようであったので、仕方なくそのまま立っておくことにした。
 山頂に近づくと、突然激しい音がなり、ゴンドラが止まり車内の電気が消えた。
「なんだ? 停電か?」
 車内が騒めく。次の瞬間、大きな音が鳴り、体が宙に浮くのを感じた。悲鳴が車内に響く。ゴンドラが、一直線に落ちていく。
 ぼふっ、という音と共に、体が地面にめり込むのを感じた。どうも砂が口の中に入ったようで、砂を吐き出し顔をあげると、また紫色の世界が広がっていた。
「なんだ、また会ったね」
 振り向くと、ブルーの眼をした彼がいた。

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