小説『三分間』第七話
塔に着き、中に入るのかと思ったが、入り口らしいドアはなかった。
「これに乗るんだ」
ロングコートはそう言って、僕たちは外付けのリフトに乗った。リフトに囲いはなく、一歩踏み外すと落っこちてしまいそうだったが、ロングコートは平然と街を眺めていた。
「こうやって、家に帰る前に、景色を眺められるんだ。いいだろう」
ロングコートは、街を見ながらそう言った。
「ロングコートは、どこかを眺めるのが好きなんだね」
「そうかもしれないな」
リフトが上までたどりつくと、入り口のドアがあった。
家に入ってみると、そこには窓がいくつかある、落ちついた空間が広がっていた。入ってすぐ右にはキッチンがあり、部屋の中央には暖炉があった。下へ降りられる階段も見えたので、この部屋の下にも階があるんだろうなあと予想ができた。一体なにがあるのだろう。
ロングコートはキッチンに向かうなり、お茶を淹れ始めた。なぜか、お湯はもうすでに沸いていた。
お茶と共に、列車に置いてあったクッキーがテーブルに運ばれてきた。それを見た僕は、列車の中で起きた出来事を話してみようと思った。
「ロングコート、このクッキー、列車で置いていってくれたものだよね。あのときはありがとう。これは、君が作ったものなの?」
「ああ、そうだよ。俺のお婆ちゃんの秘伝のレシピさ」
そう言うとロングコートはお茶を手に取り一口啜った。
「君も飲みなよ」
と勧めてきたので僕も応じてティーカップを受け取った。
「列車の中でこのクッキーを食べたあとにね、列車の先端が崩れ落ちて真っ白な空間が広がっていったんだ。そのとき思ったんだけど、このクッキーは、新しい世界に繋げるトリガーか何かなんじゃないかな?」
僕がそう言うと、ロングコートは目を丸くしていたが、そこまで驚いてはいないようだった。僕が、別の世界から来たのだという話をしていたからだろう。
「俺は、ずっとこのクッキーを食べているけど、今の一度だってそんなことは起きなかったけどね」
そう言って彼はクッキーを口に放り込む。僕は周りを見渡したが、何も起きなかった。僕もクッキーを頬張った。あのときと変わらない、なんとも言えない味だった。
「なにも、起きないね」
「ああ、そいつはただのクッキーだよ。そんなに、おいしくもないだろ? だけど、俺はこの味を変えたくないんだ。お婆ちゃんの秘伝のレシピだからね」
そう言って彼は、クッキーをもさもさと食べていた。彼は、食べるときはそんなに喋らないのだな、と思った。
ふと窓の外を見てみると、黒い大群が遠くの空に広がっていた。
「ロングコート、あの黒くて大勢いるやつらは何? 遠くの空に飛んでいる、あのあれ」
「あいつらは、鳥の群れだよ。鳥は凄く凶暴なんだ。だから、みんな鳥の群がらないところに住んでいるんだ。でないと食べ物とか全部奪われちゃうからね」
「襲ってきたり、しないの?」
「まあ、めったに襲ってくることはないね。あいつらはなぜかいつも、遠くの方で群れてるよ。だから俺たちはこの辺に住んでるってわけ」
「ふーん」
彼はクッキーを飲み込み、ティーカップを置くと、こう言った。
「そうだ、今日はここに泊まっていかないかい? この辺で泊まるところなんて、知らないだろ? まず風呂に入るといい。案内するよ」
「いいのかい? じゃあそうさせてもらうよ。ありがとう」
風呂は、下の階にあるようだったので、僕は彼についていくことにした。
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