小説『三分間』第一話

 夕日が沈んでゆく。夕日が沈む際は、空がオレンジ色に見えるよな、とふと思った。昼頃には、空は青く見える。夜は、太陽が昇っていないから黒だな。そんな当たり前のことを思うのだが、理由はなぜだろう。きっと世界のどこぞの国の科学者がその理由を解明していて、インターネットで調べたりしてみたら、その理由が出てくるのだろう。ただ、僕はそんなことで理由を知りたくはなかった。理由とは、人間がでっちあげた概念にすぎない。
 夕焼けはオレンジ色に見えるからオレンジ色なのだし、昼は空が青いから青いのだ。僕は何を言っているのだろう。そもそも、オレンジ色ってなんだ? どこの誰がこの色はオレンジだと決めた? ああ、なんとなくこのみかんの色と夕焼けの色は似ているな、じゃあ夕焼けはオレンジ色なのか、と決めているのだろうか。うん、そういうことにしておこう。
 僕はいつもこんなくだらないことを考えて、時間を浪費している。本当は、勉強をしたり、自己研鑽か何かをしないといけないのだろうが、現実逃避だ。いつも学校帰りにひとり山に腰掛け、ぼんやりと空を眺めつつ、物思いに耽る。 
 いつも空のことを考えているわけではない。例えば、今夜のおかずはなんだろうな、とか、巨人か阪神だったら、どっちがいいかな、とかも考えている。深いテーマだと思う。最近は、阪神が好きだ。阪神は、いつも人々に元気を与えてくれる。六甲おろしを、歌いたくなる。ここで突然立ち上がって歌い出したら、僕は異常者に見えるだろうか。きっとそうだろうな、やめておこう。
 すっかり夕日が沈んでしまい、ああ、また意味のない一日を過ごしてしまったなと、自分の愚かさに絶望する。うん、自分に厳しすぎだな。いい一日を過ごせたということにしておこう。
 僕は立ち上がり、帰る準備をする。教科書の入ったリュックサックを背負い、尻についた汚れをはらう。そして、全速力で山を駆け下りる。ウォー! いかんいかん、街に攻め込むわけでもあるまいし、何よりダッシュで山を駆け下りるのは危ない。それもやめておこう。普通に歩いて降りることにした。
 暗い山道を歩いて下っていくことは、とても怖い。ひとりだと尚更だ。いつどこで獣が襲ってくるかがわからないからだ。生憎、僕はポケットに入るタイプのモンスターを連れていない。いつ敵が襲いかかってきても、バトルを始めることはできないのだ。なんとも悲しい人生である。ただ、獣に襲われるのを黙って受け入れるしかない。
 お尻に噛み付かれて、ズボンでも破けたら恥ずかしいだろうな。せめて、パンツだけは守っておきたい。生尻を晒すことはごめんだ。生尻を晒すことは、生き恥を晒すことと同等であると、その瞬間気づいた。大学に入ったら論文で発表しよう、そう思った。

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