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【前半】消費的行動が先行する社会から、サステイナブルな社会へーーアートと企業、地域の新たな挑戦

上野駅からJR常磐線快速電車で40分で到着する取手駅。2005年に開業したつくばエクスプレスの影響などもあり、取手の駅前やまちなかの賑わいは減少し、中心市街地の空洞化や少子高齢化の地域課題が浮き彫りとなりました。また「たいけん美じゅつ場 VIVA」がある駅ビル「アトレ取手」も売上の低迷により既存事業の継続困難であるものの、JR東日本の子会社として駅前の新たなインフラの構築を目指しています。また取手には東京藝術大学のキャンパスがあり、取手を拠点にするアーティストが制作活動をおこなっていたり、アートスペースを運営しているなど豊かなアート環境があります。
そのような背景を元に「たいけん美じゅつ場 VIVA」は誕生し、取手市、東京藝術大学、JR東日本東京支社、株式会社アトレによる産官学連携事業として、取手の特徴のひとつであるアートによってまちの新しい魅力づくりに取り組んでいます。VIVAには東京藝術大学の卒業制作の保存と公開を行う「東京藝大オープンアーカイブ」、誰でもものづくりが出来る「工作室」、何をしても、しなくてもいい「パーク」など、複数の体験に巡り会える場所があります。VIVAの運営を担うのは、1999年から市内で活動を続ける取手アートプロジェクト。また、人と人、人と作品を結ぶプレイヤーであるアート・コミュニケータ「トリばァ」が活動中です。
2019年にオープンしたVIVAは今年で2年目を迎えました。アートと企業と地域、それぞれの枠組みを超えたコミュニケーションやプログラムの実践は2年目にどう変化したのでしょうか。インタビュアーに上條桂子さんを迎え、振り返りと今後の展望を語りました。
*昨年度の振り返りはこちら

インタビュー・文:上條桂子
インタビュイー:
[VIVA共同ディレクター]五十殿彩子、森純平
[プログラムオフィサー]髙木諒一/田中美菜希/宮内芽依
[アトレ]武田文慶、鵜澤克弘
写真:加藤甫、冨田了平、たいけん美じゅつ場

オープン2年目、VIVAで起きた変化について

東京藝大卒業制作を保存・公開するオープンアーカイブの活用

東京藝大オープンアーカイブ

──本日はVIVAの共同ディレクターである五十殿彩子さん、森純平さん、実際に様々なプロジェクトを運営されているプログラムオフィサーの髙木諒一さん、田中美菜希さん、宮内芽依さん、アトレの武田文慶さん、鵜澤克弘さんにお集まりいただきました。それぞれのお立場でVIVAの2年目を運用されてきて、1年目とはどう違ったかをお聞かせいただきたいと思います。
VIVAの大きな特徴のひとつである東京藝大オープンアーカイブ(以下、オープンアーカイブ)ですが、現在は収蔵品を調査するというお題目で作品を様々な角度から体験する「たいけん美じゅつ研究所」とアート・コミュニケータとともに作品を介して鑑賞者の言葉を引き出す「対話型鑑賞」の2本立てでプログラムを組んでいらっしゃいますが、実際現場でどんなことがあったのかを教えていただけますか?

田中:作品を調査する際のガイドとなる「調査依頼書」を見やすくアップデートしました。参加者からのコメントが書きこまれた「調査依頼書」は、毎年展示替えのたびに出品作家と、藝大に渡しています。また、この依頼書はファイルにまとめてオープンアーカイブの前で誰でも見られるようにする準備を進めています。大きなトピックとしては、東京藝術大学大学美術館(以下、藝大美術館)が収蔵していた「自画像」のうち令和元年と2年に描かれた作品の一部がクローズアーカイブに収蔵されました。自画像のコレクション自体はかなり歴史のあるもので、明治29年ごろから藝大美術館に収蔵されており、総数は6000点以上ほどあります。現在は、まだクローズアーカイブにあるのですが、今後オープンアーカイブでも公開していく予定です。

調査依頼書

森:すでにオープンアーカイブで公開している卒業制作の買い上げ作品と同様、自画像にも長い歴史があります。でも依然として近年の収蔵庫の容量問題や、自画像作品に歴史的価値以外にどのような可能性を認めるのかという問題は美術館側でも試行錯誤しています。可能性の余地でもあるその課題にVIVAが取り組む責任と試行錯誤していく楽しみがあります。

田中:自画像は一度美術館に収蔵されるとなかなか表に出る機会がなかなかないので、まずは公開の機会になればと考えています。また、トリばァ(VIVAのアート・コミュニケータ)が自分たちで立ち上げた企画を実行する「VIVAラボ」という活動があるのですが、今年はそこでオープンアーカイブに関する企画が2つもありました。「アーカイブで遊ぼう」と「さわれるオープンアーカイブ」というもので、どちらの企画もオープンアーカイブをもっと身近に感じられるよう考えられたプログラムでした。

「アーカイブで遊ぼう」ワークショップの様子

五十殿:オープンアーカイブがここにある意味がすごく出てきた一年だったと思います。トリばァの中にもアートはただ見て受け取るだけじゃなくて、関わっていけるものなんだっていう意識の変化がありましたし、アトレさんや取手市役所の方からもそうした感想をいただきました。東京藝術大学大学美術館 准教授の熊澤弘先生の講座以降はスタッフの意識も変わり、もっとオープンアーカイブに関われるなと感じるようになりました。また、熊澤先生からはオープンアーカイブに展示していたトンボの彫刻作品を見て「ここに常にある良さが出てきましたね」という言葉をいただいて。この作品は美術館でもなかなか展示する機会がもてなかったようで、作品が置かれる場所によっての存在感にも変化があるのだなと。

東京藝大オープンアーカイブ内
右手前が森田太初さんによるトンボの彫刻作品《産卵》

──トリばァの方々から企画が出てきたのは、皆さんの中でオープンアーカイブを活用しようという意識が高まったからでしょうか。

宮内:そうだといいなと思います。トリばァたちの意識が変化したのは、今年新たに行なった基礎講座の中にあった、スタッフによる自主企画の影響があったのかもしれません。その講座を組み込んだ意図としては、トリばァたち一人ひとりがVIVAに当事者意識をもってかかわるという体験をしてもらうためでした。また実践講座の中では、オープンアーカイブで学芸を担当する田中さんとの対話を重ね、オープンアーカイブをどう活用するかということも話しました。

専門家だけではなく、それぞれの異なる価値観を持ち寄れる場所

──それまでオープンアーカイブというのは田中さんのような学芸員の資格を持った「専門の人しか触れない」と思っていたのが、田中さんに相談しながら企画を進めればいいんだということがわかり、新たな企画の立ち上げにつながったんですね。

学芸担当スタッフの田中さんが、オープンアーカイブの温湿度計の仕組みと大切さをお話しする様子

宮内:1年目の時はラボで立ち上げられた企画を見ても、VIVAじゃなくてもいいのでは?と思えるようなものが多かった。なので2年目はVIVAにある各部屋の担当スタッフをきちんと紹介することで、その部屋を使う際の相談窓口が明確になったんだと思います。

田中:私だけで考えているとどうしても「美術鑑賞を楽しもう」という企画になりがちなので、トリばァの皆さんが「美術を使ってコミュニケーションを育もう」という視点で企画を作ったことで、アトレを訪れる方がオープンアーカイブに入るきっかけになったことがありがたいと思っています。

──VIVAの活動をもう一回おさらいさせてください。オープンアーカイブを使った一般の方向けのプログラムが「たいけん美じゅつ研究所(VIVA研)」と「対話型鑑賞」。アートコミュニケータとなってVIVAに参加いただくトリばァの活動の中に、基礎講座、実践講座、VIVAラボがあるという位置づけですね。さらに説明を加えると、実践講座の中には「対話型鑑賞コース」「アクセスコース」「アーカイブコース」がある。VIVAラボというのは、トリばァの自主企画でやりたい企画を議題に挙げて3人以上の賛同が得られたら実行に向けて動き出すというものです。

宮内:初年度(2020年度)との違いをお話すると、実践講座の「アーカイブコース」は今年度新たに加わったものになります。このコースを新設した経緯としては、トリばァたちがオープンアーカイブとどのように関わっていけるかヒントを掴めるような体験、学びが生まれるといいな、という思いがあったからです。アーカイブとは、ただ記録をするだけでなく、誰に届けるのかといったコミュニケーションを内包したものであると思います。「アートと人をつなぐ」「人と人をつなぐ」コミュニケーションを生み出すことがトリばァの主な活動であり、そこに共感して参加してくださっている方もいます。アーカイブのあり方をトリばァの皆さんと一緒に考える時間になりました。

「アーカイブコース」で行ったトリばァによるアーティストインタビューの様子

──なるほど、アーカイブコースが新設されたことで、トリばァの方たちの中でアーカイブへの興味と意識が高まったんですね。どのようなプログラムだったのでしょうか?

宮内:全部で7日間実施しました。そのうち4日間はオープンアーカイブに展示するアーティスト4名へのインタビュー、ゲストレクチャーとして藝大美術館の熊澤弘先生によるオープンアーカイブや藝大の収蔵作品についての講座、そして上條桂子さんによるインタビューの講座を行いました。
熊澤先生のレクチャーはオンライン講座として、一般向けにも生配信で行いました。

──ボランタリーな組織の場合、参加する方のモチベーションがさまざまです。その中でのファシリテーションがすごく重要になると思いますが、プログラムオフィサーの皆さんはどのように取り組まれていましたか?

宮内:確かに難しかったです。まずは気軽に参加された方たちが取り残されないように、やる気だけで動くことにならないよう講座の中で準備をして、各プログラムに取り組めるよう配慮しました。一方でやる気のある方たちの気持ちがきちんと継続できていたかについては、しっかりヒアリングができていないのでわかりませんが、見ている限り保てていたように思います。アーティストインタビューのプログラムをした際、担当したアーティストのリサーチで得た情報や作品への印象、意見についてお互いに話す時間があったのですが、トリばァ同士でじっくりと対話がなされていました。やる気や知識がある人が優位に立つのではなく、互いの情報や意見を共有しながらアーティストへの質問をブラッシュアップしていったのではないでしょうか。

実践講座「アーカイブコース」にて、アーティストインタビュー準備の様子

五十殿:今年は1年目以上に、VIVAはアート・コミュニケータが中心であることを意識して日々を過ごしていました。何かを始める時にスタッフが中心でやるよりは、まずトリばァがどのように関わるのかをイメージし、トリばァの活動がやりやすい場を作ることに意識を向けました。もちろん全部の運営にというわけにはいきませんでしたが、トリばァと自然に対話や相談ができるようにはなったと思います。

森:あと取手の場合は、これまで20年間に及ぶ取手アートプロジェクトの蓄積があるので、もともと持っている文化的に豊かな土壌があります。そこを今後のフィールドとできるトリばァは何か始めようと思ったらはじめることができる土壌と、かつVIVAという場所を使ってプログラムがはじめられる可能性があると思っています。もちろん一応3年でプログラムは終わりなので、無理にVIVAで何かをするというのではなく、トリばァの方たちの日常に近いところで、それぞれに自然なリズムでVIVAに関わっていただけたらいいなと思っています。いわゆる短期のスクール形式であれば一回成功体験の機会をつくる等の方法があるかと思いますが、VIVAの場合参加者のモチベーションも様々なので、探りつつ悩みつつという感じですね。

オープンアーカイブについてもう1つ、今年から買い上げ作品とは別に、藝大の卒業制作展で学生から作品をお借りしてオープンアーカイブで展示をするという試みを始めました。現在3作品借りて展示しています。卒業生から直接お借りして展示する作品は収蔵品ではなく、1年程で返却をする予定です。その中の一つの作品が秋頃に「丸の内アートアワード」に選ばれ、2つのタイトルを受賞しました。美術館の作品だと、他の館などに貸して作品が成長して帰ってくると思うのですが、その変化の過程がオープンアーカイブという仕組みの中で見られたのは面白いことだと思います。また、搬入搬出や設営の様子が見られたり、作品を貸している間は「貸出中」という札が下がっていたり、まさにオープンアーカイブという動きで面白いと思いました。

「丸の内アートアワード」にて受賞した田口薫さんによる《東亜の聖母》
※写真では3枚の平面のうちの1枚のみ

──オープンアーカイブ内の作品セレクトはどのようにされるのですか?

田中:私と共同ディレクターの五十殿さんと、VIVAのアドバイザーの伊藤達矢先生(東京藝術大学社会連携センター特任准教授)で選びます。今回はアトレの武田さんも一緒に卒業制作展に行きました。選択基準としてはVIVAで展示ができること、運べること、平面作品であること、かつ作家と直接交渉できる作品でした。また、対話型鑑賞しやすい…抽象的なものよりは、人物が描かれていたりとか、わかりやすいものを選んできました。

武田:昨年のこのインタビューでは対話型鑑賞に向けた作品ばかり選ぶのはよくないという森さんの意見がありましたが、そういう意味では今年はわかりやすいものを選んでしまったのかもしれません。

おむか:たしかに抽象的な作品ではありませんが、対話型鑑賞ではたくさんの言葉が引き出せそうだなと思います。

──オープンアーカイブではトリばァがファシリテーターとなった対話型鑑賞を行なっていますが、今年1年間の活動としてはどういったことがありましたか?

高木:要所要所で対話型鑑賞を経験しているトリばァが、新しく入った2期に対して講座の中でファシリテーター役となって参加したのは大きな変化でしたね。先輩後輩のような空気ではなく、雰囲気が変わって良かったと思いました。

もうひとつ。昨年に引き続き対話型鑑賞という意味では学校連携をやりたいと考えていました。小学校の課外授業として鑑賞に来てもらうような。でも、コロナの状況から実現は難しい状況です。VIVAとしては、状況さえ許せば今後も学校連携の機会を多く持ちたいと考えています。

対話型鑑賞というのは、単なる作品の知識の共有ではなく、一緒に作品を鑑賞しているトリばァの働きかけに対して、鑑賞者がどういう反応をしたのかというコミュニケーションの経験の積み重ねが重要です。そうしたそれぞれの個人による工夫の蓄積が共有されるといいなと思います。現在、トリばァ間の情報共有はウェブの掲示板を利用しているんですが、共有ツールとしてどんな方法があるのかは探り探り試していこうと思います。

後半に続く


現在、たいけん美じゅつ場では2022年度から活動するアート・コミュニケータ「トリばァ」を募集中です!

2022年3月27日(日)には、VIVAの一年の活動を振り返り今後の展望を話すフォーラムを開催いたします。


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