【エッセイ】おもしろい喫茶店
「そういえばこの前、おもしろい喫茶店に行ったんやけど」
おもむろに母が口を開いた。
その日はたまたま用事があり、そのついでに実家に帰っていた。約半年ぶりの帰省だ。近くのレストランで母と共にランチを食べていた最中だった。
「おもしろい喫茶店ってよく意味が分からないんだけど、どういうこと?」
私は思わずつっこむ。コーヒーがおいしいとかサービスがいいとかはあっても、おもしろい喫茶店とは聞いたことがない。すると母が話し出した。
「こないだ●●にある喫茶店にお父さんとモーニングに行ったのよ」
実家のあるまちは名古屋に近い。そのため食文化は名古屋圏に寄っている。例えば、とんかつを食べるときは味噌ソースをかける。ソースやおろし大根ではだめなのだ。すじ煮も味噌味が基本だ。もちろん家や個人によって違いはあるだろうが、少なからず名古屋の食文化の影響は受けている。
その最たるものがモーニングだ(岐阜県が発祥という説もあるが)。岐阜県と愛知県は人口あたりの喫茶店数が多く、喫茶店で費やす金額も多い。両県で共通するのは『モーニング』。これは朝の時間帯にドリンクを注文すると。トーストやゆで卵が無料でついてくるサービスだ。そのサービス内容はサラダや茶わん蒸しが出たり、和食だったり、ホットサンドだったりと店によって違う。
モーニング大好きな両親はそれぞれお気に入りの喫茶店があり、その時の気分に合わせて行くところが違うのだ。特に週末はとにもかくにもまずモーニングに行かないと何も始まらない。
ある日、両親はとある喫茶店にモーニングを食べに行った。結構以前からのその場所にあり、地元の人しか行かないような喫茶店だが、店自体は3軒目だ。なぜか続かないのだという。
入口のドアを開けると、むせ返るようなフルーツの香りが鼻に入ってくる。それもそのはず、周りにたくさんのフルーツが所せましと置かれていたのだ。
「お父さん、きっとここフルーツがウリやよ」
母が父に囁く。二人は案内された席につき、モーニングを注文した。この時点で母は華やかで豪華なフルーツの盛り合わせがついてくるに違いないと期待を膨らませていた。
「お待たせしました」
店員がコーヒーとモーニングのセットを運んできて両親の目の前に置く。
「え…」
母の口から思わず声が漏れる。父は無言で置かれたモーニングセットを見ている。
そこにあるのはよい匂いをしているコーヒー、いい感じに焼けたトースト、つるんとしたゆで卵、そしてフルーツ。しかしそのフルーツは母が想像していたような形ではなかった。バナナは皮がついたままのものが1本、オレンジは半分に切ったもの、そしてレモンがまるごと1個置いてあったのだ。なかなかに斬新なフルーツの盛り合わせである。かろうじてバナナとオレンジは食べられるとしても、丸ごと1個のレモンはどうやって食べるのか。目の前の光景に驚きながらも、絞り出すような声で母は店員に尋ねた。
「あの、レモンはどうやって食べればいいんですか?」
すると店員からはこれまた両親の想像の上をいく回答が返ってきた。
「あ、レモンは持って帰ってください」
母はこの時、最初にフルーツがウリだと言った自分にツッコみたかったに違いない。いや、ある意味ウリで間違いない。入口にあれだけのフルーツがありながらもそれらを加工せず、そのまま提供するとはフルーツに自信がないとなかなかできない。しかもレモンを丸ごと1個出すとは、他の店では到底真似できないだろう。
「あ、はい…」
その後両親は色々とツッコみたい気持ちをかろうじて抑え、終始無言でそのモーニングを食べた。コーヒーとトースト、ゆで卵はおいしかったらしい。
しかし、まだこの喫茶店のおもしろさは終わらなかったのだ。
父が会計を済ませている間、母は外へ出て車の近くで待っていた。しかし、なかなか父が喫茶店から出てこない。トイレにでも行っているのか、それにしても遅い。待ちくたびれた母が呼びに行こうと思った時、ようやく父が喫茶店のドアから出てきた。
「何やっとったの、遅いがね」
そう言った母は父が両手に袋を持っていることに気がついた。喫茶店に入る時には持っていなかったものだ。
「何持っとるの?」
眉を顰める母に父が説明をし始めた。
会計を終え、外に出ようとした父は突然店員に呼び止められたという。そして、いきなり店員からフルーツのたくさん入った袋を手渡されたという。
「置いておくと悪くなっちゃうんで。よかったら持っていってください」
断り切れなかった父はそれを受け取り、ようやく喫茶店を出たのだった。ちなみにもらったフルーツは両親が何日かけておいしくいただいた。もちろん持ち帰ったレモンとともに。(断っておくが、フルーツの土産は毎回もらえるわけではなく、たまたま運よく(?)もらっただけだ。くれぐれもこれを目当てに行かないように。)
「なんともいえん喫茶店やったね」
なんともいえない顔で母は私にそう言った。私はその話をお腹がよじれるくらい笑って(周りの目があるため声を押し殺して笑った)聞いており、なかなかランチを食べ進められなかった。
数多くある喫茶店がある中で、店の特徴を出すのはとても難しい。その中でこの喫茶店はかなり斬新な手法で人の目を引いている。なんせレモンがそのまま丸ごと1個出てくるのだ(これを言うのは3回目だ)。しかも運が良ければ、帰り際に盛りだくさんのフルーツを土産にくれるのだ。おもしろさでは確かに抜群だ。日本全国でもこんなにインパクトのある喫茶店はなかなかないはず。そのフルーツの盛り合わせを見るためにその喫茶店を訪れる価値はあるだろう。
「あの喫茶店、絶対続かんと思うわ」
私の実家滞在中(約1日)に母は5回程そう言っていた。どれだけあの喫茶店のことを心配しているんだ。
願わくば、私が行くまでは、いやそれ以上にこのおもしろい喫茶店が続いてほしいものだ。
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