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【エッセイ】ドクターイエローは両親の愛情のしるし

「これ、実家の近くの場所じゃない」
 5月のある日、新聞に掲載されている写真を見て、思わず呟いた。そこには黄色い絨毯のように広がる向日葵畑とその隣を通るドクターイエローが写っていた。私にはこの黄色い車体を見聞きするたびに思い出す出来事がある。

 2013年の2月、私は東京にいた。3月1日には転勤でパリへ赴任する。事前研修やビザ手続きなどのため、たった2ヶ月間だけ東京に滞在していたのだ。もともと地方で一人暮らしはしていたものの、初めての東京暮らしは私にとって決して居心地の良いものではなかった。
 12月28日の仕事納めまで地方におり、1月2日からは東京で新生活。同じ一人暮らしでも何が違っていた。平日は研修や仕事、その合間に大使館にビザの申請に行き、週末は引越の準備や語学学校へ通う。ただパリに行くためのタスクをひたすらこなすという状況だった。出国まで時間もないことから、渡仏前に実家に戻ることは考えておらず、両親にも予めそう伝えていた。
 自分で希望した海外転勤については一言も反対されなかった。後で父に「何で反対しなかったの」と聞いたら、「色々考えたけど、反対する理由が見つからなかった」と言われて、あぁ、うちの親らしいなと思ったのを覚えている。

 パリまであと2週間程度といったある日、母から電話がかかってきた。
「今度の週末、お父さんと一緒に東京へ行くから。あんたの予定を聞こうと思って」
 突然の提案に戸惑いながらも、せっかくなので、行ったことのない鎌倉に日帰りで旅行することを決めた。何より渡仏前に少しでも両親に会えるのは正直嬉しかった。

 土曜日の朝、品川駅の改札で両親を待つ。実家からは電車と新幹線で約2時間半程度だ。朝早く出てきた2人はさほどの疲れも見せず、私の顔を見ると笑顔で近づいてきた。ついこの前のお正月に会っているのに、顔を見るとホッとする。
「元気やったかね」
 開口一番、母が尋ねる。父は「じゃあ、鎌倉に向かおうか」とマイペースに進めていく。

 週末ではあったものの、鎌倉の街はさほど人は多くなく、私たちはゆっくり散策する。その間、母は矢継ぎ早に質問をしてくる。
「フランス行く準備は大丈夫かね」
「うん、ビザもおりたし、荷物も来週船便で送るよ」
「住むところは決まっとるの」
「うん、引継の関係で1ヶ月くらいは下宿みたいなところに住むよ」
 たわいもない会話が続く。私も東京での出来事など話したいことがあったはずなのに、なぜか言葉が出てこなかった。もう少ししたら、私は羽田空港から飛行機で12時間もかかる異国へ行く。もしかしたら両親に会えるのはこれが最後になるかもしれない。けれど、不安や寂しさを口に出すことで両親を心配させたくはなかったのだ。

 学生時代に論文の関係でドイツに短期滞在はしたことはあったものの、本格的に海外で暮らすのは初めてだった。実はそれまでフランスには行ったことがなかった。今回、勤務地の選択肢がフランスしかなかったが、いつか海外で働きたいと思っていた私は会社内の公募に躊躇せず応募した。以前に留学を希望していたが家庭の事情で諦めたことがあり、両親も私が海外に憧れを持っていたことを知っていたに違いない。

 小旅行を終えた夕方遅く、私たちは品川駅に戻ってきた。静かに別れの時間が近づいてくる。何とも言えない切なさに口数が減っていく中、改札口に向かう途中で母が言った。
「そういえば、今朝こっちに来る時にね、あの黄色い電車、お父さん、あれ、なんやったっけ」
「うーんと、ドクターイエローか」
「あ、そうやわ。ドクターイエローやわ。それを見たの。あれ見るといいことあるんやってね。だから、あんたの海外生活、絶対うまくいくって思ったわ」
 その瞬間、私の視界が歪んだ。これまで我慢していた寂しさが堰を切ったように涙として溢れ出す。立ち止まった私は品川駅の改札前で人目も憚らず泣いた。もう嗚咽も涙も止められない。母が私の背中をさする。私は小さな子どものように両親の目の前で泣き続けた。通り過ぎる人たちは私たちを横目で見ていく。

 引越の準備をしている間は不安や寂しさを忘れることができた。考えないよう敢えて別のことをしていた。それと向き合った途端、家族や地元が恋しくなり、切なくなることを知っていたからだ。いい大人なんだから、そういう歳じゃないから、そう自分自身に言い聞かせてずっと我慢していた。けれど、もう私の強がりは完全に崩れ落ちていた。

「あんたならできるから大丈夫やわ」
 落ち着いた私に母が声をかける。
「何かあれば戻ってこればいい」
 横でボソッと父が言う。私は頷くことしか出来なかったが、パリへ行くことにもう不安はなかった。

 そして、ドクターイエローのジンクスは4年間のパリ生活で私を守ってくれた。私にとってドクターイエローは両親の愛情のしるしなのだ。


#デジ近note部

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