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【#毎週ショートショートnote】音声燻製

「親父、レコードプレーヤー持っていたよな」
 アルバムを見ながら僕は尋ねた。三歳くらいの僕が大きなヘッドホンを付けて立っている写真。後ろには父が若い時に奮発して買ったレコードプレーヤーがある。

 大学に合格した僕は、この春、父と暮らした実家を離れる。そして引越のため、荷造りをしていた。
「物置にあるぞ。まだ使えるはずだ。持っていくか」
 そう言って父はプレーヤーと何枚かレコードを持ってきた。
「このレコード、燻製してからかけると音が良くなるんだ」
 父が早速、桜のチップで燻製し始める。辺りは春の匂いに包まれた。10分程燻製して、針を落とす。少しの雑音の後、突然女性の声が聴こえた。
「…ちゃん、お父さんに似て音楽が好きなのね」

 それは若くして亡くなった母の声だった。その瞬間、大きなヘッドホンによろめく僕に母が優しく微笑みながら話しかけてくれた時を思い出した。
「今日はやたら燻製の煙が目に染みるな」
 そう言って父は目元を拭った。(410字)

#毎週ショートショートnote

今回はちょっとノスタルジックな感じのショートショートを書きました。

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