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日本語のいわゆる「鼻濁音」とタイ語の "ง" /ŋ/

(タイ語を教えているタイ語のネイティブです。日本語がまだ上手に使いこなせないのでおかしな日本語になりますが,どうか許してください。)

タイ語学習者の日本人は2つのグループに分けられます。
/ŋ/ を最初の段階から滑らかに発音できる人と,練習を重ねないと発音できない人です。
なぜなのでしょうか。

鼻濁音とは?

鼻濁音というのはその名の通り,鼻音になる濁音のことです。
日本語はどの方言にもナ行の /n/ とマ行の /m/ があると思いますが,これらの子音は鼻音です。
鼻音はすべて肺からの気流が鼻に抜ける音なので,指を鼻の下にあてて「なぁなぁなぁなぁ」「まぁまぁまぁまぁ」と発音してみれば,空気が鼻から流れているのを感じることができます。一方,タ行やパ行は鼻音ではないので,「たぁたぁたぁたぁ」「ぱぁぱぁぱぁぱぁ」と発音しても空気が流れているのをあまり感じないはずです。[1]

現代共通語 [2] の濁音は,ガ行・ザ行・ダ行・バ行がありますが,鼻濁音になるのは「ガ行」だけです。
専門家による解説動画があるので,見てください。

つまり,鼻濁音が使われる地域と使われない地域がありますね。それにしても,鼻濁音の存在を知っている日本人はあまりいないようです。明治時代(戦前)までは小学校で教えられてきた鼻濁音のことをもう教えられなくなったからだと思われます。

タイ語の "ง" /ŋ/

日本語の場合は「鏡」を鼻濁音で「カカ゚ミ」と発音しても普通の濁音で「カガミ」と発音しても,意味は同じです。区別する必要がないので,同じように聞こえるのが普通です。[3]

一方,タイ語には鼻濁音に相当する "ง" /ŋ/ という子音があります。また,普通の濁音に似ている(がやはり違う) "ก" /k/ という子音もあります。
そのため,「鏡」は [kakami] (kagami) なのか [kaŋami] なのか混乱したタイ人学習者もいます。SNSでもよく話題にあがります。なぜかというと,日本語の鼻濁音に相当する /ŋ/ は,タイ語母語話者にとって意味上の区別に欠かせない大切な要素なのです。その音に敏感になっても仕方がありません。

皆さんも,タイ人のお友達に
「「日本語」は〈ニホンゴ〉なのか〈二ホンコ゚〉なのか」
「「苺」は〈イチゴ〉なのか〈イチコ゚〉なのか」

などと訊かれたことがありませんか?

発音の教え方

以上にも書いてありますが,日本人は "ง" の発音で2つのグループに分けられます。日本語の鼻濁音の地域差を考えれば推測できます。

"ง" の発音を教えるまえに,まず学生の発話の中に鼻濁音があるかどうかよく聞きます。ふだん鼻濁音を使っている人でも何かを読み上げさせると発音を強調しているか鼻濁音にならないことが多いので,2グループに分けられた後で鼻濁音について話します。

グループ① 鼻濁音を使う人

ふだんから鼻濁音を使う人には "ง" の発音はそんなに難しくないようです。
このグループの学生に鼻濁音について簡単に説明し,タイ語の単語を二つや三つ発音してもらって,問題がなさそうならばグループ②に移動します。

グループ② 鼻濁音を使わない人

鼻濁音を使わない人には "ง" の発音はかなり難しいようです。
まずは,"การงาน" /kaan-ŋaan/ (家庭科)を発音して聞かせます。

つぎに, "งานการ" /ŋaan-kaan/(仕事(の全体))を発音して聞かせます。

例をもう一つあげます。
"ที่ทำการ" /thîi-tham-kaan/(事務所/オフィス)を発音して聞かせます。

それから "ที่ทำงาน" /thîi-tham-ŋaan/(職場)を発音して聞かせます。

発音して聞かせるのは,g によく似ている(がやはり違う) /k/ と,いわゆる鼻濁音に相当する /ŋ/ はタイ人にとって違う音素だからご注意を!と気づかせたいからです。もちろんグループ①を含めてクラスの全員に聞かせます。

聞かせた後,発音練習に入ります。

まずは「ンガ」のように「ガ」の前にすこし撥音の「ン」を入れる感じで発音します。調音する時の前半は,後ろのほうの舌が口腔の上にある口蓋に接触することが何度か発音してみればわかると思います。

つぎに,「ンガ」と同じ調音点(後ろのほうの口蓋)で「ン」を発音します。これは子音の [ŋ] です。その調音点で「ン」を発音してすぐに舌を調音点から離して母音の「ア」を発音したら,鼻濁音の「カ゚」 (ŋa) になります。

以上です。
何か質問があれば,遠慮なく聞いてください。

脚注

[1] 音調器官は人それぞれ違うので,鼻音でなくても空気が多少流れることもあります。
[2] 「共通語」とは,全国的に通じる,誰でもわかる日本語のことです。昔は「標準語」と呼ばれていたのですが,方言を見下ろしているように聞こえるので,放送などでは「標準語」のかわりに「共通語」が使われるようになりました。
[3] タイ人日本語学習者のほとんどは「ス」と「ツ」を聞き分けられません。「スキ」(好き)と言われようと,「ツキ」(月)と言われようと,同じように聞こえます。タイ語には「ツ」のような音がないからです。面白いことに,夏目漱石の発言だとよく思われる,「I love you」を「月がきれいですね」と訳すべきだと学生に話したことを,「日本人は直接的に言わないから,「キ」 (ชอบ) を⦅発音が似ている⦆「キ」(พระจันทร์) に変えたんだ」と誤解しているタイ人もいます。

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