2023-07-24

19日に城崎に来てから最初のオフ。クリエーションに関しては守秘義務が課されているので、ここから8月7日まではオフの日だけ日記をつけようと思います。

10時半起床予定のところ、10時に目が覚める。やはり動かなかった日は睡眠が浅い。下におりて昨日の夜ののこりなどで朝食を済ませ、コーヒーを入れて、BRITAのウォーターボトルを使える状態にし、身支度をし……などしていたら出ていくのが13時半に。これは昼食の時間です。とはいえ、事前に昼食なしを宣言していたので、残ったらいただくことにして、自転車でKIACを出発。

玄武洞へ。城崎駅を過ぎてまもなく、橋で大きな川を渡る。細い橋で、車が2台すれ違えるかぎりぎりのところ。だからなのか、左手に橋桁だけが浮かんでいて、架けられている橋があるのだとわかる。玄武洞までの道はほとんどが山に面している。枯葉の闌けた匂い。木から茂る葉の匂い。草むらのいきれ。山に親しんでいたころのなつかしさだけが呼び起こされる。クリエーションチームは早くも人同士が馴染んでいて、とても居心地がいいのだけれど、ひとりでいる時間がないというのもまた苦痛なので、人と行くのを断ってきた。風や水の音を聞きながら、流れてゆく光景のなかで、その一部としてぼんやりすること。それはひとりでしかすることができない。

ふたたび川が見えてきて、モーターボートに家族連れが乗っている。まもなく玄武洞公園に到着。ひとまずはミュージアムへ。玄武岩の岩場で元採石場であるところの玄武洞にちなんで、火成岩や鉱物、果ては化石、名産の籐細工などなどの展示が小さいながらぎっしりと詰まっている。形や模様の面白い石などをじっと見て写真に撮って……をしていたら一時間経っていた。玄武洞は柱状節理の連なりが絶壁の迫力を増していて壮観だった。が、わたしは柱状節理が太く同様に規模の大きい青龍洞のほうが好みでした。

日暮れまで動くことにして、気比の浜海水浴場と津居山に行くことに。やがて湿地が見えてきて、河口にかかる橋を渡る。途中にひなびたカフェや錆び付いたガソリンスタンドなどがあり、むかし車ですばやく通り過ぎていたような景色を自転車でゆっくりと動くのがどこか新鮮だった。自転車のいいところは、速くてしかしその光景と自分が隔てられていないところだと思う。気比の浜海水浴場は思ったよりも小さく、しかし16時を回っていたので泳ぐ人はいない。入り組んだ湾の奥にあり、外海とは思えないほど波がやわらかい。しばらく波を見て、聞く。

津居山は同じ湾の向こう側にある。河口の橋を引き返してしばらく行くと、波止場と工場が見える。工場からフォークリフトが出てきてしばらく追走する。座席の後ろにもう一人が胡座をかいている二人乗りのフォークリフトだった。後ろの人は煙草を吸っていた。法的に褒められた乗り方でないのはわかるのだけれど、その人たちの動きからそれが生活の実利のようなものと絡まって染みついていることが窺われ、しみじみとよかった。記憶が始まった頃に軽トラックの荷台に積まれて、廃校になった小学校で開かれる花火大会に運ばれていったことを思い出した。大人が自分たちに対してなにかをするということが、ほとんどない時期で、それがなつかしいという感情をぎりぎり担保してくれている気がする。

フォークリフトが着いた先は港で、わたしはわたしでそのまま港を奥に進んでいく。途中、猛禽が佇んでいるのが見えて、鷹だろうか?近くに寄ろうとしたら飛び立たれてしまった。港の果てのようなところ、これより先は海しかないようなところで止まる。歩みに合わせて舟虫がぞぞ‪……と走り去っていく。おだやかな島や港とはこれだった。ずっと感じていたなつかしさのもうひとつは、海のおだやかさやのどかさが瀬戸内によく似ていることだったと気づく。広島のそれ、というよりは瀬戸内芸術祭で行った島々のそれに近いのだけれど。

KIACに着くと18時前で、ダイニングからスパイスの香りが漂っている。毎食とてもおいしいのですが、これはすごいのでは……!着替えて洗濯をして、足早に夕食へ。夕食は二種のカレーと四種の副菜からなる、ミールスと呼ぶのがよさそうなもの。料理をいつも作ってくれるOさん曰く、全てスリランカ料理のやり方に則っているそう。クリエーションチームのひとたちもまたおいしいものを食べるのが好きで、食事はいつもうれしそうな雰囲気が漂っているのだけれど、今日は一際……!赤唐辛子と青唐辛子の両方が入ったココナッツの副菜がとくに美味、でした。Oさんの食事のどれも食べ逃したくないので、昼のおかず全種の残りも盛って、夜のおかずを二周おかわり。城崎に来てから一週間も経たないけれど、確実に体脂肪率が上がっています。さらにTさんがへしこの骨せんべいを作り、酒盛りがはじまり……。

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