2024-08-10

あるときから自分の生存のために掴み取った言葉があり、そのことを人に話して、くださいと言われてしかしそれはわたしがわたしのために編み出した言葉なので、と断った言葉があった、ことを思い出したものの言葉それ自体を思い出せずにいた。それがなにだったか……をずっと考えていたのだけれど、思い出した。距離や親密さの寡多にかかわらず、ときどき話せたらうれしい人、自分の人生への登場をやめないでいてほしい人たちのことを「人生のパーティーメンバー」と呼んでいた(cf. マッカラーズ『結婚式のメンバー』)。忘れていたのはたぶん、ここ数ヶ月、自分が誰かの/どこかのメンバーである、という感覚を完全に失っていたから。年始から、わたしの内心において、あるいは実際に、人との関係性が同時多発的にぎくしゃくする、ということが起きていた。おそらくそのときに、自分が誰かの/どこかのメンバーであることは/であったことは/になることはない、という認知/捏造/確信が形成されてしまっていて、今の自分の言葉ではない、と思う。連続性の途切れた過去の自分はつねに死者、あるいは完全な他者だった。


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