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死神食堂-絹羽雲魚-

店の名前は死神食堂。店主兼料理長を死神が務める。死神は客のネイタルチャートが視えるらしい。店にメニューはなく、「空想の一皿」が提供される。

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(ここ、どこだろう?)

智美は見知らぬ店内を見渡しながら記憶を辿る。普段はお気に入りの店をローテーションすることが多いので、見慣れない場所は余計に緊張していた。

いつものバルに行こうと思ってたら臨時休業で、どうしようか考えながらバスに乗ってたんだっけ。タイ料理なら家の近くにあるけど、今日は和食の気分なんだよな、と思い出していると

「いらっしゃいませ、智美様」と、カウンター越しに立つ男に声をかけられた。

(え?私の名前知ってる?でもこの人には会ったことないし、、)と混乱している智美に、男は続けて

「死神食堂へようこそ。ここではお客様に合わせて料理を提供させていただきます。本日の一皿は絹羽雲魚、白身魚の豆乳味噌煮でございます」と言いながら、智美の前に皿を置いた。

豆乳と味噌の香りが鼻腔を刺激する。見た目は洋風のスープなのだが、香りは和風だ。

「今日は和食の気分のようなので、豆乳と味噌で作りました。生湯葉もご一緒にお召し上がりください」

智美は驚いて顔を上げる。同時にこれは夢だと思うようになった。智美は面識のない人にペラペラと話す方ではなく、じっくり様子を見てから判断するタイプなので、ここまで知られているのはおかしい、と判断した。

「いただきます」と手を合わせる。夢だと分かればこっちのもの。美味しいものは美味しいうちに、価値のあるものはその時にしっかりと味わうのがモットーだ。絹羽の言葉の通り、白味噌の優しい甘さと湯葉のとろりとした舌触り。ふんわりと蒸された白身魚とすりおろした蕪の絶妙な食感も相まって、智美は頭の中で小躍りしていた。

「召し上がりながら聞いてください。私は人のネイタルチャートが見えます。智美様はインターセプトの1-7ラインをお持ちなので、子どもの頃は浮いた子、変わった子と思われることが多い星周りになっています。周りに合わせようと自分らしさは抑えていたことはありませんか?」

「あ、ありました。周りに合わせている自分はちょっと俯瞰しているというか、上から物事を見ている感じ」

「インターセプトは課題が大きく提示されているので、それを無視しているといつまで経っても生きにくさが出てしまいやすいんです。解決策としては、自分らしさを出してあげてください。クセのある性格を認めてあげると、自分よりもっとクセのある人が周りに集まってきます。そのクセの強い人たちに囲まれた環境にいれば、自分は普通だな、と感じるようになって生きやすい流れになりますよ」

智美は昔を思い出しながら「確かに、思い当たるところありますね。他に気をつけるところはありますか?」と質問する。話を聞いているうちに、気になったら理由を知りたがるのも星のせいかと思うようになってきた。

「知りたがりはアセンダント水瓶座の影響ですね。ついつい知りたがる癖があるので、仲の良い人に質問攻めにしてしまうところです。太陽星座は牡牛座なので、元々こだわりは強い方なのでしょうね。遠慮しがちな星周りですが、こだわるべきところは妥協しない方がいいですね」

バレてる。そして思考が読まれているのか。

「あとは月が魚座なので、人にサービスしすぎないよう注意、これは仕事で特に気をつけてください。気を遣ってサービスしたつもりでも、相手からすると(お、なんか得したな、ラッキー)くらいにしか思っておらず、ただ損をしただけ、という状況になりやすいです。そして土星が乙女座に入っているので健康には気をつけて。責任感が強くなりすぎて過労で体調を崩すことも。僕の好きな本にはこれを一人ブラック企業になると紹介していました」

たしかに、今週も自分の業務ではない作業を引き受けたところだった、気をつけよう。智美は話を聞き終えると手を合わせ、目を閉じてごちそうさま、と店主に伝える。

目を開けるとそこは食堂ではなくバスの中。ちょうど降りるバス停のアナウンスがかかっていた。

帰宅してパソコンを立ち上げると、検索履歴には身に覚えのないページが開かれていた。

一人ブラック企業、卒業しないとな。そう思いながら、智美は購入ボタンをクリックする。

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