見出し画像

映画『月』。見える障害、見えない障がい


映画『月』は、その緻密なストーリーテリングと、圧倒的な演技力によって観客を心の奥深くまで引き込む、真に感動的な作品です。

監督は「舟を編む」で知られる石井裕也氏。

彼が、辺見庸の同名小説を映画化し、現代社会が抱える深刻な問題に光を当てました。

障がい者施設での物語を通して、「見える障がい」と「見えない障がい」というテーマを扱い、私たちが無意識に抱く偏見や無関心をあらためて考えさせられる作品です。


1. 宮沢りえが放つ圧倒的な輝き


まず何よりも強調したいのは、宮沢りえさんの素晴らしい演技です。

彼女は障がい者施設で働き、障害を持った子を失った母親という複雑な役を演じています。

物語の進行とともに、彼女が抱える悲しみと強さが浮き彫りになり、その深みのある演技は観客を圧倒します。

彼女の演技こそ、主演女優賞に値する輝きを放っていました。

その演技の真価を感じたのは、彼女がただ「母親」であるだけでなく、「福祉の現場で働く人間」としても描かれているからです。

自身の失った子供と向き合いながら、同時に他人の障がい者に対しても全力で向き合う姿が胸を打ちます。

この2つの役割を見事に両立させた宮沢りえさんの表現力は、本当に見事です。感情がこみ上げるシーンがいくつもありました。



2. 3分で感じる鳥肌―二階堂ふみの存在感


この映画が特別な理由のひとつは、キャストの層の厚さです。

開始わずか3分で感じたのは、二階堂ふみさんの圧倒的な存在感。

彼女が演じる作家志望の陽子は、施設の職員として登場しますが、その繊細な演技には鳥肌が立ちました。

言葉少なに、しかし感情豊かに演じる彼女の姿は、物語を進行させる力強い要素となっています。



23年、多くの映画賞を受賞していることからもわかるように、この映画は間違いなく賞レースに絡む作品です。

プロの映画人たちがこの作品を高く評価しているのも、納得のクオリティでした。

賞ものの作品は、やはりその理由がある。

素人目ではなく、専門家たちが選んだ作品ということで、あらためてその完成度に驚かされます。


3. 「見える障がい」と「見えない障がい」


『月』のもうひとつの大きなテーマは、**「見える障がい」と「見えない障がい」**です。このテーマは非常に深く、観る者に多くの問いを投げかけます。

まず、「見える障がい」として描かれるのは、社会的にも理解されやすい身体的障がいや知的障がいです。

映画の中でも、これらの障がいを持つ入所者たちが日々どのように生活しているのかがリアルに描かれています。

彼らの抱える困難と、それに対する社会の態度が鋭く浮かび上がります。


一方で、「見えない障がい」として描かれるのは、精神的な疾患や心の問題です。

これらは外からは見えにくく、時に誤解や無理解を招くものですが、この映画はその複雑さを正確に描写しています。

現代では精神疾患が一種の「見えない障がい」として認識されていますが、この映画はその問題を真正面から扱い、観客に深い感慨を与えます。


4. 個人的な経験が映し出すリアル


この映画を観る中で、私自身の経験が強くオーバーラップしました。

現在私は、グループホームという福祉サービスの一環として、精神疾患や知的障がいを持つ方々と共同生活をしています。

彼らとの日々のやりとりを通して感じるのは、社会が「見える障がい」と「見えない障がい」にどれだけ無関心であるかということです。

私自身もその中にいて、時に無力感を感じることがあります。


しかし、『月』はそんな状況に対して光を当て、障がいを持つ人々がどのように生きているのか、その現実を丁寧に描写しています。映画の中で描かれる「きーちゃん」との関わりは、まさにその現実を象徴しているシーンのひとつです。

きーちゃんは、外からは見えない、しかし深い障がいを持っており、宮沢りえさん演じる洋子が彼女に対して寄り添う姿勢が非常に印象的でした。


5. 社会的弱者への新しい目線


この映画を観て感じたのは、社会的弱者に対する目線が少しずつ変わりつつあることです。

過去には東日本大震災のような大きな災害をテーマにした映画が数多く製作されましたが、現代においては、福祉や障がい者、さらにはコロナ禍に苦しむ人々といった、社会的弱者の問題に焦点が当たっています。


『月』は、こうした現代の課題を巧みに描き出す作品です。

映画が終わった後でも、私たちに多くの問いを投げかけてくるような余韻を残します。

障がい者と社会、そしてそれに関わる人々の物語を通して、私たちは一度立ち止まり、何が大切なのかを考える時間を与えられたように感じました。


6. まとめ


映画『月』は、私たちが普段あまり目を向けることのない福祉の現場と、そこで生きる人々の現実を鋭く描いた作品です。

高畑淳子さんの演技が光り、宮沢りえさんや二階堂ふみさんといった豪華なキャストが、そのテーマにリアリティと説得力を与えています。

この映画を観た後、心の中に残るのは、社会的弱者に対する理解と、私たちがこれからどのように向き合うべきかという問いです。


映画を通して、見えない障がい、そして社会が抱える見えにくい問題について考えさせられる作品として、間違いなくお勧めできる一本です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?