奢りにきたひとたち。B


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「きちんと子育てすべきだと思うんです。でも、どうしても、息子に愛情が湧かなかった。」

彼女は若くして『ほとんど許婚いいなずけ』に近い形の結婚をして、こどもを産んだ。出産後に、ほどなく離婚して、その子は父方の実家に後継として引き取られた、という。

「出産しても、ホルモンが働かなかったんだね。」 

一般的にいって、あらゆる動物はシステムで動いている。ヒトも例外ではない。メスをみれば欲情するオスが一般的だし、子を産めば母性が働き、子を育てるための一生を選択するのがメスの習性だ。けれど、そのシステムが働かない個体も、確率的にずいぶんといる。

「きっと、そうです。わたしの心はきっと、女らしさに呪われているんです。でも、身体はそうではなかった。」
「その心身の乖離が、現在の苦しみになっている。」

違和感で指先がザラっとした。このあたりに、掘り出すべき重要な何かが眠っているきがする。

「母が、わたしに初めてへその緒を見せたとき言ったんです。あなたはわたしの一部だった、だから、あなたがあなたを大切にしないと、わたしが怒るからね、って。」
「それで、大切にできた?」
「いや。」
「だから、一々じぶんを傷つけたいのかもしれないね。」
「そうか。わたしが、母の一部だからか!」

彼女の手首には、いくつか切り傷の塞がったものがあった。復讐のひとつの手法に「その対象が大切にしているものを傷つける」というやりかたがある。一般的に、自傷癖のあるひとの多くは親子関係に問題を抱えている。それは、親が子を大切に思い、そして、子は親を部分的に憎むことから生じている。

「母は、女は子を産み育てるものなんだから、大学なんて行かなくていい、礼儀正しく愛想よく振る舞って、ごまかして生きればいい、といつも言っていました。」
「お母さんはそうしてきたんだね。」
「はい。でも、わたしにはできなかった。申し訳ないんです。」
「だれに?」

しばらく考え込んで、彼女は自信なさげに

「....母に、だと思います。」と言った。

「お母さんへの申し訳なさは、どこから来てるの?」
「どこから、というと?」
「つまり、お母さんの言うとおりに生きられなかったこと、からなのかなって。」
「そうは思わないです。むしろ、」
「むしろ?」
「母よりもずっとうまくやって、後悔させたかった。わたしなら、娘をこんな気持ちにさせない。」

「あなたにとって、子とは娘のことだったんだね。」
「え?」

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3分で読める文章を、ほぼ毎日のように書きます。おれにケーキとコーヒーでも奢って話を聞いたと思って。まぁ、1日30円以下だけど...。

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