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浅間山の麓から 第6話 チャイとノアの話

1.チャイとノア

家には2匹の犬がいる。名をチャイとノアという。チャイは全身が茶色なのでチャイ、ノアはノアの箱舟からノアと名付けた。チャイは12歳、ノアは2歳。彼らが生まれた日は知らない。

チャイは栃木県那須の知り合いのレストランに迷い込んできたのをオーナーが保護し、紹介された。那須では別荘族の中に夏休みが終わり要らなくなった犬を捨てるという話をよく聞く。チャイもたぶん、そういった種類の犬ではないかと思っている。当初チャイは人間を警戒してなかなか懐かなかった。信用していないといってよいだろう。

一方、ノアは徳島県生まれ。動物愛護団体が保健所にいた子を引き取った保護犬である。徳島から東京に運ばれ、里親を探していた時に我々と巡り合った。

ノアは、はじめ別の家族に引き取られた子だった。しかし引き取られた日に夜中まで泣き止まなかったようで里親候補の人はギブアップし、キャンセル待ちの我家に引き取られたという経緯がある。そんな事もあってかノアも人に対しては非常に猜疑心が強く、慣れるまでは随分時間がかかった。

2.病気になったチャイ

我が家に来てから10年が過ぎた頃、チャイは大病をした。急に歩けなくなった。正確に言うと右下肢が麻痺してびっこになった。動物病院にいくと椎間板ヘルニアではないかということだった。更に顔面神経マヒにもなった。顔が麻痺して口がうまく閉まらない。

歩くことも食べることもままならない。チャイは次第にふさぎ込んでいった。医者は脳の病気かもしれないと言い出した。このまま治らないで死んでしまうのかということも考えた。

私は家人にもう1匹飼うことを提案した。チャイも家人も八方塞がりでふさぎ込んでいたので打開する新しい環境が必要だと思ったからだ。

そんな状況ではあったが、幸いにもチャイは医者が処方したステロイド剤が効いて少しずつではあるが回復していった。その頃にやってきたのがノアだった。

3.ノアが家にきた

ノアがはじめて家に来た時まだ生まれて数ヶ月の赤ん坊だった。赤ん坊であることだけでなく、保護犬であったノアは自分を取り巻く環境が激変する中でだいぶ戸惑っていた。親がいないだけでなく突然知らない土地で知らない人間が目の前に現れたのだから当然だろう。幼くて犬としての処し方もまだ何も知らない。

ノアはただただ怯えて鳴いていた。でも生きていかなくてはならないことは本能でわかっていたのだろう。我々を警戒しながらも出されたものを食べることは覚えていった。

ノアは超ビビリである。警戒心が強く呼んでも近づいてこない。むしろ逃げる。ご飯は食べるが、誰かに奪われるのではないかとビビりながら超早食いをする。それは致し方ないことかもしれない。

4.チャイとノアは不思議な関係

体はすこしずつ回復してきたものの、まだふさぎ込んでいたチャイがノアが来てから変わっていった。チャイとノアの年齢は10歳くらい離れていた。親と孫のような差である。2匹の間には不思議な関係があった。

チャイはある意味、ノアを意識していた。この家では自分がボスだという気持ちが、しゃきっとしなくてはいけないと考えるようになっていたのかもしれない。この気持ちがチャイを次第に元気にしていった。

一方ノアはチャイがこの世界の中で唯一の仲間だと思っていた。あるいは親のように考えているかもしれない。チャイに擦り寄り、甘えようとする。もともとビビりである。誰かに守ってもらいたいのだ。

チャイはノアを甘やかすでもなく、かといって脅すでもない。ボスの威厳をもって接しているように見えた。ノアがすり寄るとウザがることもある。一方で親のような寛容さを示すこともあった。

5.性格の違うチャイとノア

ノアがきて1年半の歳月が流れた。チャイは老犬にはなったものの、病気は奇跡的に治癒し、すっかり元気になった。ノアはノアでやっと新しい環境にも慣れ、子供から若者へと変化しようとしている。

共同生活をしていく中で2匹の犬の異なった性格が対照的に見えてきた。チャイは、10数年の生涯を経て図太さを身につけた。どっしりとした貫禄があり、同時にたまにちゃっかりした行動をする。

チャイと呼んでも来たくないときはわざと無視をしてみたり、怒られるとわかっていることをシラッとやる。「チャイ、だめだよ。」というと「あっ、気がついたかの」とでもいいそうな顔で止める。

また、ノアに対してはおおらかなで色々ちょっかいをしても大体、大人の反応で許してあげる。家の中ではいつも静かにくつろいでいる。但し、クロネコさんや佐川さん、郵便局の人が来ると異常に張り切ってわんわんと挨拶した。

ノアは相変わらずビビりだ。しかし、最近は近づいても逃げないし、名前を呼べば近寄ってくる。ここはチャイと違って素直だ。最近のノアは理解力が格段にアップし話しかけるとだいたい意味はわかっているように思う。性格は温厚でどちらかというと皆のあとからついていくタイプだ。

6.一緒に暮らして想うこと

チャイとノアが来て色々なことを考えさせられた。そもそも彼らとは種族が違うので通じないことが多い。だからこちらが思うように従わないことも多々ある。しかしながらそれはそれで仕方ないと考えるようになった。お互い他者をコントロールすることはできないのだ。

そのことは人に対しても同様だ。サラリーマン時代を振り返って「私は周りの人、特に部下の人に過度の期待と指示をしていたかもしれないな。」と考えることがある。

ノアを見ていると超ビビリで弱い。でもそれはどうにもならない。性格や今までの環境のせいなのかもしれない。それでもノアなりに一生懸命頑張っている。

チャイのノアへの態度を見ていると弱いものを見守ってあげる姿が見える。そうすれば弱いものも弱いものなりに成長していく。少し距離をおいて待つことも必要だ。ノアの成長は巡り巡っていずれチームとしての幸せにもなる。

チャイは12歳。顔つきもすっかり老犬になった。あと何年、一緒に暮らせるかわからない。今この時を大切にしていきたい。そうしてノアも段々大人になっていく。チャイとは違った形でいい犬になってくれれば、それでよいと思っている。みんな仲間なのだから。



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