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【 第一線アニメーターが、コミックを描く ④ 】:質問なし、の絶望。

アニメーション業界の作画と、実写映画界の演出。
異なる2つの業界が生み出す「コミック」の世界。前代未聞のプロジェクトはタブーをこえて、シナジーを生み出せるか。それとも、瓦解するのか。

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太一(映画家):アーティスト業界情報局
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日本未発表の国際映画業界情報 あるいは、
監督がスタジオから発する生存の記
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『 企画会議が続いている 』

わたしたちはコミック界への参入では無く、新たな形態を生み出そうとしている。コミックの形をした、「映画」を。

「他の作品に似るなら、負けだとおもいます」
アニメーターの言葉はシンプルで、強い。
定例となり始めた早朝の企画会議が続いている。

「アニメーター」「映画監督」の固有言語はそれぞれ、「絵」と「言葉」。
異なる両業界のアーティスト同士がイマジネーションを共有するためには“共通言語”が必要となるが、わたしはようやくそれが、「心の声」だと知った。

気取りはいらない。感じたままを言葉にして、伝え合うことが重要なんだ。
そこで、遠回りな気遣いを捨てて端的に語らうことを選んだところ、会話はスムーズに進み出した。

『 怪物たちのいるところ 』

実写映画界のわたしにとって、アニメーション業界は謎だらけだ。

実写映画界なら5秒ごとに暴動が起きそうな程にシュールな日常を、彼らは生きている。謎は、整理不能なほどに溢れている。どうせ纏まらないと判っているので一度、想うままに書かせて貰ってみよう。

「先ず、たった1コマの絵仕上げるのに、どれだけ多くの人々の手を介しているんだ。やっと作画監督の手を経たコマが原画マンに戻る意味は、どこにあるんだ? というか、そんな作業でどうやって、毎年2時間の劇場版アニメ映画を完成させられるんだ! そもそも業界の人数、少なすぎだろう! てか、作品本数増え続けてるのにどうして抱えられるんだ両手で描いてるのか? 寝ないのか!? どうすれば今この瞬間に鉛筆を走らせている原画が2週間後に、メディア試写としてスクリーンにかけられるんだ!? どうして笑顔でいられるんだ! どうしてまだ“紙”だったり、一枚一枚回収して都内を回ったり、海外動仕(動画仕上げ)のアウトソーシングでそれまでのコダワリを台無しにされてもブチ切れず、修正をオーダーできるんだ!? ギャラは? 年俸10億円じゃなきゃワリが合わないだろ! というかそもそも、会議少なすぎ!! どうやって情報を統括してるんだ!? いったいこの映画の全体を把握している人間は存在するのか!? わかってるよ全体を把握している人間がいないのにどうして、1本の映画が完成するんだむしろ、毎週のレギュラー番組、って何だ! アニメーションを毎週放送しようなんてアタマおかしいのか!? 監督と演出がどうして共存できるんだ? どうして総作画監督は発狂しないんだ!? プロデューサーが組む見積もりは、スペースXのロケット軌道計算より難しいじゃないか! 制作さんの年齢、若すぎるだろ天才か!天才だよむしろ、怪物だ! 怪物たちが集まってんだ! もういっそのこと、「ほんとは全部、コンピュータが造ってくれてます」と言ってくれッ!」

『 落ち着け、進む道を探せ 』

まずアニメーター、彼らはみな、説明が下手だ。
これはまったくバカになどしていなくて、むしろ驚くべき能力のことを指している。彼らは説明を、必要としていないのだ。

彼らは、言葉で説明せず、たとえ話を選ばない。
それは、言葉で語るよりも描いて観せられるから。そして、誤解を招くたとえ話に、意味を感じていない。どれも正しく、わたしはため息しか出ない。

彼らは純度100%のアーティストでありながら、とても柔軟に、システムの中で機能する。常人からは計り知れない作業量を引受け、仕上げ、名声を主張せずまた、デスクに帰って行く。

わたしはようやく、“課題”について説明した。プロットと言葉を用いた。

しかし彼らの上の空に近い反応を観て、方針を変更。リファレンスの写真や動画を次々展開しながら、それぞれの成分を分解。再構築する形で、コンセプトを説明してみせた。彼らははじめて、納得してくれたようだった。

『 質問、なし。 』

ボトルの水を飲み干して、わたしは語り終えた。彼らは何度も、「なるほど。なるほど。」と繰り返していた。とあらば、さぁ本日のハイライトだ。

「質問、どうぞ。なんでも答えますから遠慮無く」
「いや、特には。」

え。

実写映画界ならばここからが、スタッフの本番。現場のメンバーは監督を資料で興奮させながらバレないように、自分の希望をねじ込む場面だ。プロデューサーは心ここにあらずで、プロジェクト予算とスケジュールを、半分にするための効果的な言葉とジェスチャーをシミュレーションし始める頃。

それが、“質問なし”とはいったい、どういうことなのか。
わたしはきっと、動転していた。しかし、もう一度説明を簡潔にまとめようとしたわたしを制して答えてくれた彼らは、簡潔で明解だった。

「描いてみてから判ることが、ありますから。だから先ず、受け取ります」

『 アニメーション業界と酷似している業界がある 』

アニメーターの彼らは常に、具体的なプロセスについての確認に終始する。
決定している枠に対して、抗うことが無い。
そして、その中の自由を探しつつ、不可逆な作業をいきなり始動させる。

実写映画界のわたしにとってはとても不確かで、あがってくる成果が台無しになる危険性と、その間の時間を無駄にしてしまうリスクにしかみえない。しかし彼らのみならず、業界全体がその流れに同意しているようなのだ。

“ 感覚で察し合うことがルール ”

そうなのかもしれない。わたしは、ハッとした。各国映画業界のデファクトスタンダードに慣れ親しんでいる現在がシステマティックであるのにたいして、過去、とても居心地の良い業界があった。日本の、「地上波テレビCM業界」だ。


『 地上波テレビCM業界、という奇跡 』

日本の地上波テレビCM業界は、
地球上のすべての映像コンテンツ業界で、もっとも高度な技術を駆使する最上級の映像業界である。HOLLYWOODの最新超大作映画から軍事映像業界まで含めて、それ以上の映像技術を目にしたことは無い。匹敵する気配すら、ない。

そのCM業界が実は、“曖昧”の上に成り立っているのだ。
億円にも届く受注に、契約書すら無かった。(※現在では違う)どんなに大規模な作品であっても会議規模は変わらず、各部署のスタッフ編成こそがクオリティの要であり、その部署が引き受ける作業内容は、とても自由度高いのだ。

潤沢な予算の中でわたしは、最上級の挑戦を繰り返すことができた。制作期間は常に厳しかったがしかし、監督やプロデューサーから与えられるのは「ルールのみ」であり、“制約”らしいモノは一切存在しない。現場は笑顔に溢れており、各部が持ち寄る最上級の成果はまるで、ファンタジーかSFだった。

『 曖昧とは、最上級である 』

“曖昧”というルールは、信頼の上に成り立つ最上級を引き出す力がある。
日本のアニメーション業界は現代においても尚、「信頼」の上に建っている。感覚で察し合うアニメーターたちは曖昧を経て、
「自分史上の最上級」を提供しようとしているのだ。

“曖昧”という日本流にこそ、信頼と最上級が宿っている。
わたしは、「曖昧こそが日本の強さ」になり得ることを確信した。
感動してまた熱弁するわたしにアニメーターたちは、照れくさそうな笑顔をみせる。

「ただの、創作活動です。アニメーターは、詩人じゃありませんから。」

彼らは、強い。

あぁ、ところで。
まだ日本に入っていないニュースをお知らせしておこう。

■ 最新国際News:NETFLIXが数百億円を投じてきた「日本アニメ」と「韓国ドラマ」の獲得に、HBO MaxとDisney+が参戦へ

NETFLIXはソウルでの公開イベント席で、2021年だけで“韓国ドラマと韓国映画”に550億円を費やす、と公言。また東京では、2020年の倍にあたる40本のオリジナルタイトルでアニメーション作品を製作する、と公表した。各国アナリストたちはこの投資が、ストリーム企業の競争激化と新規加入者の停滞をだはするために同社がアジア市場を重要視している証明だ、とした。大手コンサル会社Media PartnersAsiaのエグゼクティブディレクターであるVivekCouto氏が、状況を紐解く。「韓国と日本にとっては明らかに重要な影響力となるが、東南アジア、そして米国やヨーロッパにも好影響となるだろう。“韓国ドラマと映画”の視聴時間は毎年4倍に増えており、“日本アニメーション”は世界100ヶ国で最も視聴されたNETFLIX作品のうち、Top10に入っている。また、日本は世界第3位の経済大国に返り咲いている。その日本国内ではしばしば、視聴Top10がすべて韓国ドラマと日本アニメーションで埋まります。そのため、NETFLIXの投資戦略は正しく機能すると想定できます。しかし、HBO MaxとDisney+がローカルコンテンツへの参入を表明していることから、韓国と日本両国にとって、それぞれのコンテンツは、欠かせない財産となるでしょう。そして、“中国”の参入も、見えています。」 - APRIL 16, 2021 THE Hollywood REPORTER -

『 編集後記:』

映画、エンターテインメントを主とするコンテンツ産業界において、日本は残念ながら、「アニメーション」以外の全てのカテゴリーで韓国市場を下回っている。しかしながら、マーケットとしては世界第3位をキープ。

これは、「日本のアニメ強いよねー。」という話ではない。

日本のアニメは外国に買われて行く。日本の武器は、“世界第3位のマーケット力”のみ、というニュースだ。韓国は、違う。マーケットが弱い分もう随分前から、世界のマーケットで稼ぐことに成功している。

まだ業界間のギスギスも感じ日本だが、激変の波は誰もが感じていることだろう。マーケットとして強い日本はどうしても、「日本人が創る日本人用作品」に傾きがちだ。しかしこれは、タコが自分の脚を喰っている状態。

いまこそ、業界の慣習を度外視して手を組み、世界で成果をあげようじゃないか。世界が日本マーケットを必要としている今なら、まだ間にあうんだ。
世界を知っている業界人は、増えている。日本からは、減っている。

優秀な人材が毎年海外に流出している現状は、タイムアタックに等しい。
今しか、無いんだ。なんでも協力するから、必要なときには連絡を。

悲哀と興奮に揺れる映画製作の現場へ帰るとしよう。では、また明日。


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