日本の性をめぐる状況と性教育

1990年代を通して日本人の性行動は劇的に変化した。それは一言でいえば、社会的な「性の解放化」「フリーセックス化」であった。

90 年代の後半から日本で大規模な性行動調査を実施した京大の木原らの研究グループは、性交開始年齢の低年齢化や性関係のネットワーク化などを実証し、日本の「社会的な病理」を指摘した。

そして、疫学的な立場からこのままでは HIV/AIDS の感染拡大は避けられないと警告している。

多くの日本人はこのようなフリーセックス化を文化的な異常事態であると明確には認識していないようだが、いわば宇宙の原理原則に反するこうした行動は、身体的な側面で性感染症の流行という明白な問題を引き起こしている。

そのため、宗教家、政治家、教育関係者のこの問題に対する危機感はあまり見られないが、産婦人科を中心とする医師たちの危機感はひじょうに深刻なものとなってい
る。

この点で、現代社会における性の問題は、医療的あるいは保健科学、健康科学的な側面をもっている。

一方この間、日本の教育現場における性教育は従来の避妊教育の枠組みで展開され、欧米で実施されていたコンドームの普及をはかる「コンドーム教育」が推進されたため、教育現場に混乱を招いた。

さらに左翼の教育学者や教員組織が、家族愛を否定し家族を解体しようとする共産主義思想に基づく性教育を浸透させた。

すなわち、子どもに性的な知識を「権利」として伝達しようとする「過激な性教育」や男女の性差を否定する「ジェンダーフリー教育」などが実施されたため、日本の性教育は「反教育」のようになってしまった。

そして、90年代の終わりにはジェンダーフリー思想と結びついた男女共同参画社会基本法が制定された。

このように90 年代は日本の性をめぐる社会・教育状況が著しく悪化した時代であり、そうした異常な社会状況を象徴するものとして「援助交際(エンコー)」の出現を挙げることができるだろう。

その後の2000年代には、ジェンダーフリー思想や「過激な性教育」に対する学術的、社会的な批判が起こり、性教育の見直しが行われた。

しかし、実際に「どのような(内容)」性教育を「どのように(形式)」「誰が」行っていくべきか、ということに関しては、まだ不確定な状態にある。

そして、90年代以降の性の解放化は、日本における家族の解体と社会的共同体の解体を招いていると考えられるが、この点に関する学術的、社会的な検討と対応はまだ
ほとんど見られない。

これは現代日本において性に関する価値観が空白状態であることを反映していると考えられる。

現在、日本社会では伝統的な性道徳や性倫理のもつ内的な拘束力がひじょうに低下しているため、性教育において精神的、道徳的な次元の教育を行うことはきわめて困難な状況にある。