【ボッコちゃんを独り占め】…27歳

1人だけで美味しい思いをしようとすると、必ずその計画はうまくいかないのだ。

僕は結婚をしている。
家族というのは、同じ空間で生活をしているので、家で別々のことをしていても完全に1人になることは無い。
この間、久しぶりに嫁さんが友達と遊ぶというので、僕は1人を満喫できるチャンスを手に入れた。

別に普段から1人になりたいとか、何か2人でいることにストレスがあるわけでは無いのだけれど、いざ1人になれると思うと、精一杯1人を満喫してやろうという気になるのだから不思議なものだ。
1人を手に入れた僕は先ず家の掃除をしてみた。
嫁さんが帰ってきたときに喜んでくれることと、僕がこの後外に出て1人を満喫したことで怒られないためのポイント稼ぎとして、嫁さんが気付きやすそうなリビングやトイレを重点的に綺麗にした。

掃除を終えた僕はとりあえず散歩に出た。
気になってる喫茶店があったのでそこを目指して街をウロウロした。
100円均一で3.40分悩んだり、リサイクルショップで4.50分悩んだりした。
1人じゃ無いとできない、無駄な時間を過ごしてみたのだ。
しばらくすると、嫁さんから友達と一緒に家に帰ってきたという連絡が入った。

「部屋片してくれてありがとう」
ポイントが無事に加算されたようなのでよかった。
僕が「気になってる喫茶店があるんだけど行ってきてもいい?」と聞くと快く了承してくれた。

近所の喫茶店はどこも嫁さんと入ったことがあるので、新しく入るここは言わば僕1人だけの憩いの場になるのだ。
喫茶店に入る前に古本屋で星新一の「ボッコちゃん」を買った。コーヒーを飲みながら格好つけて読むには星新一は1番適した本だと思ったからだ。

やっと1人で過ごせるんだ、という気持ちを高めながら目当ての喫茶店の前に行ったら、信じられないことに、その喫茶店は潰れて跡形も無くなってしまっていた。
僕は途方に暮れ何度も路地を行ったり来たりした。
間違いなく僕が行きたかった喫茶店はこの更地にあったのだ。
仕方なく帰ろうかと思ったのだが、嫁さんと友達どちらも僕が喫茶店で休憩して帰ってくると思っている。
僕は
「いやぁ、喫茶店潰れてて行けなかったよぉ」
と言うのを想像して無性に恥ずかしくなってしまった。
「この人、行きたかった場所にすら行けなかったんだ、可愛そう」
と思われるのが嫌だった。

何もすることがなくなった僕は、日も沈んだ18時過ぎに近所の公園で、1人寂しく「ボッコちゃん」を読んだ。
唯一の救いは星新一のショートショートは暗くて寒い公園で読んでもとても格好つけられる本だったことだ。


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